聖なるかな聖なるかな
「西園寺くんは、クリスマスの予定はないの?」
顔馴染みの錬金術師が無造作に訊くのに、西園寺は露骨に顔を歪めた。
「嫌味か」
しかし漆田は涼しい顔で、手にした機械にドライバーを突っこんで規則正しく回している。
社会に根ざしたイベント、特に信仰と情念が絡むようなものに関しては、人の想いが常よりも強くなる。
西園寺は不測の事態に備え、そのような時期は必ず連絡がつく場所にいることになっていた。もしも何かあったとして、国内のどこに派遣されるかは判らないが。
一応、正規の仕事の扱いでは休みにされてしまうため、同僚たちからは非難を浴びている。
割に合わない。
「まあ、それがのぅても、家族で集まるようなうちとちゃうしな。別に一人でおるんやったら、休みでも仕事でも一緒やろ」
淡白に言う知人に、呆れたように漆田は視線を向けた。
「あっさりしてるねぇ。君だって、たまには好きな人と熱い夜を過ごしたい、とかないのかい?」
「……えらい俗っぽいこと言うやんか」
気分を悪くして、というよりは単純に驚いて、西園寺は呟く。
「私は別に、人の恋路を否定するつもりはないよ。西園寺くんはこの仕事を頑張ってくれてるし。だから君も、たまには好きなだけ好きな人を殴ったり蹴ったり斬りつけたり燃やし尽くしたり呪い殺したりすればいい」
「人をDV扱いすんな!」
反射的に激昂するが、実際はそれ以上に酷いことを言われていた。
しかし、相手はあっさりと謝る。
「ああごめん。好きな人と、殴りあったり蹴りあったり斬りあったり燃やしあったり呪い殺しあったりだっけ」
「あいつは呪殺はせぇへんさかい、そこはちゃう」
ある意味誇らしげに、西園寺は否定する。
どこかずれている。
漆田がその返事に、楽しげに笑う。
「でもまあ、年末はどの業界も忙しぃしな。あいつも、ワシと会ぅてる暇なんかないやろ」
片手を振って、物判りのいい大人のような発言をするが、会って何をするかといえば、それは漆田の言った通りである。
そんな用事で、彼と会いたい人間はあまりいないのではないだろうか。
漆田が手にした機械をひょい、と西園寺へ向けた。
「という訳で、さみしい西園寺くんに、私からプレゼントだ」
手元の機械で一つのボタンを押したかと思うと、西園寺の背後にあるロッカーの一つが、がこん、と音を立てて扉が開く。
ひんやりとした空気が流れ出すのに振り返ると、中には明るい色調で誂えられた花束が置かれていた。
「……何や?」
警戒心も露に問われるのに、青年は得意げな表情を浮かべる。
「なに、大したものじゃない。花の香りに、少々好戦的になる成分を付加してみたんだよ。アロマ効果ってやつだね」
「ちゃうと思うで」
冷たく否定されるが、漆田に堪えた様子はない。
「まあ、試作品だ。これでお相手もやる気になってくれるだろう。効果があるようなら、この先、逆に相手の敵意を沈静化させることだってできるようになる。使ってみてくれるとありがたい。ちなみに、機会を逃さないために、三ヶ月は枯れないように作ってある」
「何の花やねん、あれ」
不審げに目を細めて、西園寺は花束を見やった。
「まあ、上手くやりなよ。メリークリスマス」
そして、錬金術師はそう告げてまた笑う。
しかし西園寺が内心予想した通り、その香りは全く意味を成さなかった。
「……死ね! 今まで買った花の本数分死ね!」
手にした花束を見た瞬間、彼の想い人は激怒したからだ。
色々と弁明はあったが敢えて口には出さず、西園寺はその後存分に楽しんだ。




