宵闇に舞う
彼らが逗留したのは、一軒の日本家屋だった。
瓦葺の平屋で、掃除は行き届いているものの、空気には古い建物に特有の、木と藺草の中に僅かな埃の匂いが混じっている。
昼間ともなれば戸は開け放たれ、外部との境界はないも同然となる。
しかし、強い日差しが庭の緑を鮮やかに映えさせるのに対し、影の濃淡のみで構成されたような屋内の空間は、少しばかりひんやりと肌を冷えさせた。
縁側に下げられた薄い硝子細工の風鈴が、僅かな風にちりん、と音を立てる。
ここに連れてきた相棒は、自分たちがいる間は誰も来ないから気兼ねするなと言っていた。
だが、誰の姿も見ないにも関わらず、それでも時折人の気配を感じるのだ。
特に、使った食材が補充されていたり、放っておいた風呂場が掃除されていたりすると。
さやさやと音を立てて揺れる竹林を抜けた先に、その小川はあった。
切り出した石で作られた階段は、年月を経て角が丸くなっている。
おそらくは数十年前まで、住人に水場として使われていたのだろう足場に座る。その間にも、ふわり、と淡い光が視界を横切っていく。
浴衣の裾を捲り上げ、流れる水に足首の辺りまでを浸した相手に、彼はとうとう疑問をぶつけることにした。
「……咲耶」
「ん?」
団扇を手に、ぼんやりと蛍の動きを眺めていた咲耶が、視線を向けてくる。
「君、この場所は実家に関係があるところじゃないのか?」
紫月の言葉に、珍しく相手はばつの悪そうな顔をした。
「……厳密には、うちじゃない。俺が昔世話になった人の伝手だ」
昔、ということはまだ実家にいた頃の筈だから、まあ結局は実家関係なのだろう。
紫月によく、家出しているのに実家と関わることを揶揄されている少年は、僅かに挑むような表情を浮かべている。
「そうか。いいところだな。連れてきてくれて、ありがとう」
しかし静かにそう返されて、今度は拍子抜けしたような顔になる。
独りきりで世間の荒波に揉まれていた少年は、意外と表情豊かだ。
川の水音が響く中で、彼らはしばらく黙ったまま蛍の舞を見つめていた。
「……ところで、奥の広間に昨夜から老婦人が鎮座していらっしゃるんだが。半透明の」
「ああ、千代婆ちゃんには俺も色々しごかれたからな。いい機会だから、お前も一通り作法を習っとけ」




