すこやかなれ
「わざわざ何を持って来てんだよ、お前は!」
怒りに打ち震えながら罵声を上げる相棒を、半ば感心しながら弥栄紫月は眺めた。そこまで怒ることを予測できているのだから、そもそもその男を部屋に通さなければいいだけだ。
しかし、襲撃をかけてくるならともかく、正面玄関からインターフォンを鳴らされると、守島咲耶は渋々とはいえ相手を部屋にあげてしまう。無駄に律儀な少年だった。
その複雑な感情を一身に受けてにやにやと笑っている男、西園寺四郎は、ぽん、と梱包を解いたばかりのケースに手を置いた。
「せやから、自分、前の家は焼け出されたそうやんか。なんも残ってへんのも可哀想やなぁと思て、買うたったんやろ。五月人形」
「いらねぇよ!」
だん、と居間の卓の上に拳を振り下ろして、叫ぶ。
マンション用に、とケースがガラスではなくアクリル板になっているそれは、やや小ぶりの武者鎧一式だった。物珍しくて、紫月はしげしげと眺めている。
「まあそう言うなや。強く逞しく成長してくれへんと、こっちもヤりがいがないやろ」
「その一切をお前に求められる筋合いはねぇんだよ」
憮然として、正論で断じる。
「マンションやと迷惑やろうなぁと思て、鯉幟は遠慮したんやし、これぐらい受けとってぇや」
「嫌がらせに気遣いを混ぜるな! 大体、そんなもん、一式実家に揃えられてる!」
そこで、僅かに西園寺は目を見開いた。
「……自分、家出した身の上でそれはどうなん?」
「あ、そこは僕も常々疑問に思ってる」
「うるせぇよ!」
横から紫月にまで口を出されて、更に咲耶は声を上げた。
ここへ来て、西園寺がようやく咲耶から紫月に視線を向けた。
「坊ンの分もあるさかい、よかったら飾っといてくれるか?」
もう一つ、梱包を解いていない包みに手を載せながら告げる。
「……え。でもこれ、かなりお高いものなんじゃ」
驚きと焦りで、紫月が返すのに、男が笑んだ。
「子供が大人の懐具合を心配せんでええ。好きな武将とかおったんやったら、勝手に選んで悪かったけども」
「いいえ。あの、ありがとうございます」
物心ついて以来の記憶で、このようなものを与えられるのは初めてだ。僅かに胸の内が温かくなって、紫月は頭を下げた。
「いやいやいやこんな怪しい奴からそんなもの受け取るなよ。何か俺が莫迦みたいじゃねぇか」
眉を寄せ、至極尤もなことを咲耶が言い放つが、それが聞き入れられることはなかったのだった。




