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IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第三話 外道、西方より来たる

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第四章 04

 とはいえ、明瞭に姿が見えている訳ではない。ぼんやりとした輪郭が、そのように形作っているというだけだ。

 色彩は割合判りやすい。長い黒髪に、白い肌。紅を引いたような唇。服もおそらく黒か、それに近い濃い色合いだ。瞳だけが、はっきりとした力を持ってこちらを見つめていた。

 威圧感はさほどでもない。[平穏]が効いているのか。

 一分ほど沈黙が続いて、太一郎は西園寺を振り向いた。もの問いたげな表情に、しかし声を出すのはまだ憚られて、眉を寄せてそれを見返す。

 無造作に顎で魔法陣を示されて、詰めていた息を小さくはき出した。

「あー……。そこの悪魔。名前は?」

「それは教えられん」

 いきなりの拒絶に、肩を落とす。

「[真実]と[告白]はどないしてん」

「確かにそれは強制される。だが、契約を結ぶでもない人間に名を知られることは、私としても致命的だ。こちらにも自分を守る必要がある」

 同席する他の人間に顔を向ける。太一郎と紫月が無言で頷いた。

 では仕方がない。気持ちを切り替えて先へ進む。

「杉野孝之さんを知っているか?」

「ああ」

「最後に別れたのはいつや?」

 悪魔は滑らかに日付や時間までを述べた。午後十時三十四分。それは、紫月たちが既に礼拝堂から脱出したと証言した時間よりも後だ。死亡推定時刻と、ほぼ同じでもある。

「場所は?」

「今、私を呼び出す魔法陣が描かれている場所だ。やや東寄りだが」

「その時、その場所には他に誰がおった?」

「杉野が死んだ時点では、他には誰もいなかった」

 では、やはり、この悪魔が杉野の死に立ち会ったのだ。西園寺の表情が険しさを増す。

「それ以前にはおったんやな。誰や?」

「お前の近くにいる三人のうち、背の高い方二人だ」

 思ったよりもすらすらと、悪魔は証言を続ける。

「何でその二人は途中でいなくなったんや?」

「私が外へ送り出した。契約に関して話し合う時に、他人がその場にいる必要はない」

 プライバシーの問題だ、と悪魔は続けた。

「杉野さんの死因は?」

「推測にはなるが、おそらくは窒息死だな。ここには、煙がかなり充満していた」

「お前はそれを(たす)けようとせぇへんかったんか?」

 咎めるような響きに、悪魔は僅かに首を傾げたようだった。

「私は杉野に呼び出されはしたが、契約はまだ結んでいなかった。ならば、彼を護る義務はないはずだ」

 西園寺が更に眉間の皺を深くする。これは、人間と悪魔の救護義務に対する認識の違いだ。

「故意に(たす)けなかった訳ではないんか?」

「このままでは死ぬだろうと推測はできていた」

 それだけでは、まだよく判らない。西園寺は質問を変えた。

「放っておいて、杉野さんが死んでしまえばいいというような、悪意を持って放置した?」

 悪魔が珍しく数秒考えこんだようだった。

「悪意……。私が相手に悪意を持つ明確な理由があればともかく、ない相手に対して面白半分に危機に陥らせて喜ぶような趣味はない」

 言い回しが微妙すぎて、理解しづらい。解説を求めて、西園寺はまた視線を翻した。

「その辺りは、正直個々の悪魔によるとしか言いようがない。今、この制限下でそいつがそう主張しているのであれば、そうだとしか」

 太一郎が告げる。紫月は自信がなさそうな顔で頷いた。

 紫月の使役する使い魔は、杉野から受け継いだ、と言っていた。つまり、自分で一から契約した訳ではなく、詳しいところは判っていないのだろう。

「つまり、杉野さんの死因は火事の煙による窒息死で、お前はその場にいたにも関わらず、救護は行わなかった。あの日の事実としては、こんなところか?」

「ああ」

 小さく溜め息をつく。ざり、と砂にまみれた床板を靴の裏が擦った。

「なるほど。せやったら、お前を、無罪放免で放り出す訳にはいかへんな」

「西園寺さん……!」

 紫月が小さく叫ぶ。その顔色は、今までよりも更に悪い。

「ふむ。具体的に、お前が私に何ができるのだ? 私はここへ出現し、真実を告白することには同意しているが、お前に危害を加えられるとなるとそれなりに対処をしなくてはならなくなるな、外法の者よ」

 ゆらり、と悪魔の姿が揺れた。ゆっくりと、威圧感が増していく。

 西園寺が警戒するように、右手を上着の内側へ忍ばせた。

「段取りをした者として、僕の仲裁を聞き入れる気はあるか?」

 僅かに呆れたような声で、太一郎が割りこんだ。

「ことと次第によるわ」

 ぶっきらぼうに西園寺が返す。だが、それは進歩ではある。一時間前であれば、太一郎の言葉など一蹴していただろう。

「お前にとって、悪魔の取った行動はどれぐらいの罰に相当すると思う? 一握りの塵も遺さないほど滅さなくてはならないほどの罪悪か?」

「……いや」

 目の前の悪魔が杉野を直接手にかけて殺した、というなら話は別だが。それほどでもない場合、あまり向こう側の存在に手を出すと、むしろ報復が激しくなりかねない。

 捜査官に、捜査から最後の処分までを全て一任するのは、その辺りの判断が現場でしかできないからだ。

 予想していたのだろう、満足そうに太一郎は続ける。

「ならば、そう喧嘩腰になる必要はない。数百年前、この日本にも追放令というものがあっただろう。期限を決めて、その間はこの悪魔に人間界へ降臨することを禁じればいいのではないか? 少なくともその間、こいつは人間界で悪さはできなくなる」

「来たら悪さをする、()うんが前提やったら、永久に来て欲しぃないんやけどな……」

 愚痴のように呟く。だが、確かに妥当なところではある、と渋々ながら西園寺は内心認めていた。

 しかし。

「いや、それは難しい」

 奇妙に生真面目な口調で、悪魔が割りこんだ。

「私は今現在、誰とも契約を結んではいない。この状態では、召喚されれば応じないという訳にはいかないのだ。杉野やお前たちに呼び出された時のように」

 それでは、この案はやはり撤回せざるをえないのか。

 一同が難しい顔で黙りこんだ末、太一郎が口を開く。

「誰とも契約を結んでいないから、ということだな。つまり、誰かと契約していれば、その間は他の者から呼び出されることはない?」

「契約にそう記されていれば、そのように現象が発動する」

 正確を期そうとしているのか、相変わらず悪魔の物言いは勿体ぶっている。

「ならば今ここで契約して、この外法警官の決めた期間は呼び出さなければいいんじゃないか?」

 得意げに、太一郎が提案した。

 確かにそれは、一つの解決策だ。

「不備は、ない。だが」

 悪魔の発する気配が、不審そうに西園寺を伺う。

「……ワシは契約できへんで」

 西園寺は西洋魔術を扱わない。にも関わらず悪魔との契約を結ぶなど、下手をすると自らの術理論を手放し、自滅を招くことにもなりかねない。

「お前の同僚にはいないのか? 西洋魔術に対応してる奴が」

 他の術に関わるということを想像しただけで不愉快なのだろう、咲耶が顔をしかめながら尋ねてくる。

「おるにはおるらしいけど、今連絡がつくかどうか。すぐに来れるか()うたら絶対無理やしなぁ」

 むしろ、本部はこの件について関わる人数を制限したがっていた。対処できる捜査官がいたとしても、おそらく遠ざけられることになる。

「不便はないだろう。ここにも、西洋魔術に関わっている人間はいる」

 傲然と、太一郎が宣言した。

 ぽかんと口をあけてそれを見つめていた西園寺が慌てて片手を振る。

「いやいやいやお前が契約するとか認めへんで。そんなキチガイに刃物みたいな真似」

「色々と失礼な男だな」

「ていうかどっちがキチガイでどっちが刃物なんだ……」

 推測すると疲労が増して、咲耶が独りごちた。

「そもそも、僕が契約するとは言っていない」

 あっさりと幼い少年は切り捨てて、一同は揃って数度瞬いた。そして、ゆっくりと視線を一点へ向ける。

「………………僕?」

 弥栄紫月は、呆然として小さく呟いた。



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