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IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第二話 死霊の棲む家

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第四章 04

「莫迦な……」

 男は小さく呟くと、物憂げな視線をテラスの外へと向けた。

 夜空には雲ひとつなく、星が瞬いている。遠くに見える山は、普段通りに溢れだした溶岩が赤々とした光を発していた。一時期、燃え盛る炎に惹かれ、山を燃やし尽くしていたこともあったが、今ではあのように静かな力である方が好ましい。

 華奢な造りの柱にもたれかかり、彼の領地を眺め渡す。

 少しでも、心を落ち着かせたかった。


 きっかけは、あの男の子供がいる、という情報を得たからだった。

 偶然地上に蒔いた『種』の一つが、子供に近づくために利用できる、そう考えたのだ。

 彼はこの世界に棲む、ありとあらゆる存在と同様に、常に権力を欲していた。対抗勢力を蹴落とすために行動することに、躊躇いなど微塵も抱かない。

 小さな芽をないがしろにして、好機を逃すことは愚かだとも考えている。

 とはいえ、今は、あの男を蹴落とすための材料を何か手に入れられればいい、程度の期待だったが。

 用心に用心を重ねて行動していたが、多少の不手際があったことは、認めざるを得ない。

 だが、だからと言って、あの男の息子にならともかく、ただの、一介の人間に、『種』はしてやられたのだ!

「……どうしたものか……」

 静かな環境で、今後の案を巡らせようとしていた、その時。

 彼は、来客を告げられた。



 広間には、美術品が林立していた。

 この部屋は、特に彫刻が多い。人間や悪魔、妖精、怪物など、古今東西の生物が力強く、儚く、まるで生きたまま凍りついたかのように、そこに飾られていた。

 来客は、興味深げにそのうちの一つを見上げていた。上半身が人間の女で下半身が蛇と言う怪物、ラミアが、人間の男を愛おしそうに抱いている。互いの下半身が絡み合っていて、酷く扇情的だ。まあ、人間の男は身体の各所が折れ、あらぬ方向へ飛び出していたりもするが。

「お気に召したのかね?」

 声をかけると、笑みを浮かべて振り向いてきた。

「やあ、ベルゼビュート。久しく来ないうちに、また蒐集品が増えたのだな」

 長い黒髪が優雅に揺れた。雪花石膏(アラバスター)のような肌がその髪に映えて、一段と白さを増して見える。紅を引いたかのような赤い唇が小さく開いていた。その瞳は、赤に近い黒だ。表に出す感情によって、多彩に変わる、赤。

 だが、その表層の感情が本物などと思うのは、ただの愚者だ。

「暇つぶしだよ。全く、ここしばらくは我々が直接動けるようなお楽しみが少なくてね」

 肩を竦めてうそぶく。

 二人の間に、ふいに今まで存在しなかった卓と寝椅子が出現した。優美な曲線を描く寝椅子を示し、勧める。

 客人は、その長身の殆どを覆い隠すマントを軽くさばき、腰掛けた。マントを預けることができるほどの信用すら、彼らはお互いに微塵も抱いてはいない。

「暇つぶしか。大いに同意するよ。胸を騒がせるような出来事は、世界にはめっきり減ってしまっている」

 客人は僅かに目を伏せ、片手を胸元に置いた。幾重にも首にかけた黄金の首飾りが小さな金属音を立て、僅かに反射した光がこちらを誘いだそうとする。

「だがね、ベルゼビュート。退屈しのぎにも、手を出してはならない領域がある。貴殿はそれを充分承知していると思っていたよ」

 意外なことに、かなり直截的に、赤き月の王アスタロトは切りこんできた。


「さて、何のことだか俺にはさっぱり判らぬよ」

 とぼけてみせると、大公爵の位を持つ男は、薄く笑んだ。

「全く、昔から貴殿の気紛れには、我らは本当に手を焼かされたな。しばらく(えにし)は薄かったが、変わらぬようで嬉しいよ、ベルゼビュート。あの程度の僅かな数の死霊を定期的に呼び出すなど、児戯のようなものだったろう。『時計()り』を配したのも、『血吸い蔦』を張り巡らせたのも、大した手間ではあるまい。あの花籠を落としたのは、咄嗟に思いついたのかね? 流石に虚を衝かれたよ。一方で、零時に固執したことである程度の規則性をほのめかし、彼らを充分翻弄した。まさか全てを、貴殿の思いつきとその場凌ぎとで組み立てたとは今でも思っていないだろうね。幾つも散りばめた謎を、一つ一つ解いていったと思いこんでいる彼らを見るのは、実に微笑ましかっただろう?」

 笑みは揺るがない。瞳は、実に楽しげだ。

「そうそう、あの背中の痣。あの形は、ちょっとばかり不敬に過ぎないかね? 他人事(ひとごと)とはいえ、少々やりすぎではないかと肝を冷やしたよ」

「アスタロト……」

「あの子に一度も直接触れなかったのは、実に懸命だ。私に貴殿の関与が知れてしまうかもしれないからね。大胆かつ奔放でありながら、思慮深いのは貴殿の優秀さの一つではあるよ。ねぇ、ベルゼビュート」

 口調は甘い。籠絡しようとしているかのように。

 だが、そう楽観視できるほど、彼とは浅いつきあいではなかった。

「アスタロト。そなたは……」

「まさか、あれを、私が全くの無防備で置いておいたなどと、本気で信じていた訳ではないだろう? 蝿の王よ」

 そんなことは、全く信じてなどはいなかった。

 だが、あの子供も、その使役も、一切この男と通じている素振りもなかったのだ。

 不審に思ってはいたが。まさか。

 まさか、あの、ただの人間だとばかり思っていたあれは。

 しかし、だとすれば、全てを把握され、見透かされている理由としては、充分だ。

 表情一つ変えていないつもりではある。こちらを見つめる男だとて、自らの意図したままに印象づけているつもりだろう。

 数百年ぶりとも思える駆け引きに、ぞくり、と背筋が冷える。

 だが、赤い瞳の男は、そんな状況をくるりとひっくり返すのだ。

「それはそうと、ベルゼビュート。今日は、貴殿に頼みがあって参ったのだよ」

「ほぅ。それは珍しいな、友よ。俺を頼ってくれるものも、近年少なくなってきてしまってね」

 大仰に驚いてみせる。

 自分の『種』が人間にしてやられたということを、確実に相手は知っている。そこを弱みとして衝いてくるのか、それともその頼みとやらでこちらが優位に立てるのか。

 気負った様子もなく、さらりとアスタロトは言葉を継ぐ。

「実は、人間界にいるあれのことなのだが。貴殿に後見人となって貰いたい」

「後見、人……?」

 予想もしなかったことを言い出した男は、鷹揚に頷いた。

 全く何の異議も差し挟まれることはないと、確信しているように。

「四大諸侯の一、魔王ベルゼブブ。彼の後見人として、全く申し分ない。そうは思わないか?」

 人間界での、『種』を陥れた人間の要求が脳裏をよぎる。


 嵌められた。


 僅かに、力なく、ベルゼブブは笑い声を漏らした。



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