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IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第二話 死霊の棲む家

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第四章 03

 呆れたような声が、いっそ新鮮だった。

 普段は結い上げている長い髪を下ろし、片手に白く光る棒のようなものを持った友人が、こちらを見つめている。

「また、酷くやられたもんだな」

 名前を呼ばれた後、今度も突然攻撃されるか、と身構えていたが、僅かに眉を寄せてそう呟かれただけだった。

 相手の、いつもと変わらない調子に、思わず笑みが浮かぶ。切れた唇の端が、小さく引き攣った。

「やあ、咲耶。君は無事なようだね」

 瀕死、と言ってもいいような状態でもそう言えたことに、内心安堵する。

 咲耶は、軽く肩を竦めてきた。

「まあ、十人程度だったからな。大した数じゃない。兄貴たちに親父にお袋に、(あに)弟子(でし)たちと従姉(いとこ)とあとは変質者か」

 最後の単語が理解不能で、首を傾げた。額から流れ落ちていた血が、未だ(けが)していなかった肌に、どろりと垂れる。

 おそらくは、彼もまた今までの自分と同じような状況にあったのだろう。

 だが、その身体には一つの傷も認められなかった。

「ひょっとして、全員を殺してきたのか?」

「当たり前だ」

 あっさりと告げられた言葉に、溜息をつく。

「君は、人殺しはしない主義なんだと思ってた、けど」

「仕事では、だ。はき違えるな。今は、誰かから依頼を受けて動いていた訳じゃない。そもそも、生きるか死ぬかって時にまで貫かなきゃならねぇポリシーじゃねぇよ」

 断言する咲耶に半ば呆れ、ほんの少しだけ軽蔑し、そして感嘆する。

 彼は、本当に、どんな時も確固たる自分を崩さない。

 その咲耶は、改めて満身創痍の紫月を見下ろしていた。

「しかし、お前こそやられっ放しなんて意外だったな」

 浅く、早くなりがちな呼吸を、何とか長くもたせようとする。喋りにくい。

「そうでもない、さ。僕が殺したかったのは、世界でたった一人だけだ」

 そして、その望みは、目の前の少年に阻まれて、永久に叶わない夢となった。

 非難するような響きを全く意に介さず、咲耶は話題を変えた。

「で、お前は何人に殺されたんだ?」

「ああ、さほど多くない。母さんと教主さまと、杉野のゼミにいた学生に、信者の方が何人か」

「人望がねぇんだな」

 僅かに笑みを浮かべて感想を述べた相手を、見上げる。

 次いで流れ出た言葉は、我ながら酷く冷静だった。

「……夏木さんの別荘で、最後に会った時に、母さんは僕に言ったんだ」


 気をつけて。

 あなたの、傍にいるものに、気をつけて


 あなたの傍にいるものに。



 二人が交わす視線に、既に迷いはない。

 もう、経過は判っている。

 もう、結果は見えている。

「それで、今度は君が僕を殺すんだろう?」

「それで、今度はお前が俺に殺されるんだろう?」

「僕には殺せないからね」

「俺は殺されたくないからな」

 二人の言葉に、迷いはない。

 咲耶が、武器を持つ手を振り上げる。

 紫月が、無意識に身体を庇っていた腕を解いた。

 その仕草に、躊躇いはない。


 微塵も。






 ……莫迦な。


 あの闇に満ちた空間。他の一切を拒絶し、捕えた者の自己の内部を、深淵を溶け出させた闇。

 その中ですら確固たる存在を保つものを、それほどの大きな影響を与えうるものを、絶対的な敵として配置する。

 裏切られ、狼狽し、極限状態に陥った人間たちは、無防備にその魂を晒け出す。

 その、傷だらけの魂の儚さ、そして醜悪さは、常に心を躍らせるものだった。

 今までに数え切れないほど使った手段であり、失敗することなどない、適度な暇つぶしであったのだ。


 だというのに。


 一人は全くの無抵抗で悪意を受け入れ。

 一人は全くの躊躇もなく殺意を斬り捨てた。


 莫迦な。

 それほどに強く自己を保てる人間など、あり得ない。

 あの闇の中で。


 そして今、二人はそれぞれの態度を崩さないまま、対峙している。

 長い髪の少年が、断固とした表情で武器を振り上げた。

 彼がそれを振り下ろしてしまったら。


 暇つぶしのつもりが、絶対的に取り返しのつかない事態になりかねない。


 そんな、そんな莫迦な。莫迦な。莫迦な。



「……莫迦なことを!」




 空間が、大きくぶれる。

 咲耶と紫月の間に、立ちはだかるようにして、彼は出現していた。

 僅かに、咲耶が唇を吊り上げる。

 振り下ろした組紐が、ふいに柔らかくしなった。

()ったぁ!」

 白銀の紐は、まるで自らの意思でもあるかのように、ぐるりと相手の身体に巻きつき、締め上げ、自由を奪う。

 呆気にとられてその光景を見つめていた紫月が、ただ、名前を呼んだ。


「……夏木さん?」


 常に冷静沈着だった幼い少年は、憎悪に満ちた視線で咲耶を睨め上げていた。




「勿体ぶってた割には短気だな、あんた」

 先日までとは全く違う、ぞんざいな言葉をかけられて、太一郎が眉を寄せる。

「君は驚いてもいないんだな、咲耶」

 紫月の咎めるような口調に、肩を竦めた。

「可能性としては、考えてたからな。今回のことで何が気に食わないって、タイミングがずれてることだって言っただろ? お前の母親が死んで、十四年だ。杉野の支配からお前が解放されてからも、一ヶ月。だが、この坊ちゃんが日本に帰ってきた日から、あの屋敷には死霊が溢れていた。お前の母親も含めて。タイミングとしては、ぴったりだ」

「じゃあ、あの頃から君は彼を疑っていたのか?」

 咲耶は、拝み屋として太一郎に雇われていた。雇用期間中に、その態度を一度も崩したことはない。

 その裏でそんなことを思っていたのか、と、まだ少しばかり純真なところが残っていたりする紫月は問い質す。

 だが、咲耶はそんな感情に動かされはしなかった。

「可能性だ、って言っただろ。あの時、あそこには依頼人が二人いた。更に全く関係してきていない、第三者だったってこともありうる。……まあ、確信したのは、つい先刻(さっき)だ。お前が、母親から警告されてたって言ったからな」

『あなたの、傍にいるものに、気をつけて』

 あの時、紫月の傍に最も近かったのは、咲耶の前に立っていた、太一郎だ。

 咲耶が膝を曲げた。立ち尽くす太一郎に視線を合わせる。

「さて、それじゃあ『名前』を教えて貰おうか、坊ちゃん」

 拘束された少年は、しかし口を開こうとはしない。

 薄く笑みさえ浮かべて、咲耶はそれを見据えていた。

「木を隠すには森に、なんて言うけどな。上手くやったもんだよ。あれだけの死霊と(まじな)い、悪魔を配置しておけば、かなりごまかしは効く。……けど、俺の嗅覚は、生憎かなり鋭いんだ」

 この若き陰陽師は、人ならざるものを、臭いとして知覚できる。

 紫月が、小さく息を飲んだ。

「今でも、殆ど臭わないけどな。……どうやったんだ、これ。中身を喰い尽くして、皮だけ被ってるってのか?」

 じわり、と、咲耶の口調に怒りのようなものが滲み出た。

 微動だにせずにそれを睨めつけていたまだ幼い少年が、口を開く。

「僕は、夏木太一郎だ」

「訊きたいのは、その名前じゃ……」

 眉を寄せて、言い返す。

 だが、きっぱりと、彼はそれを遮った。

「夏木太一郎だ。この世界に産まれた時から、僕は僕でしかない。夏木の創設者が僕に器を提供し、彼らへの、彼らからの加護を条件に現世へ降臨したんだ。生身の身体を喰い尽くしたなんて、小鬼がやるような技量で僕を語らないでくれ」

 憎悪と苛立ちを、吐き捨てるかのように言葉に籠める。

 どうも、変なところに地雷があったようだった。

 だが、咲耶の声からは更に凄みが増す。

「それでも、俺はお前の『名前』が知りたいんだよ。今、お前の『器』とやらがどういう状況になっているか、よく考えろ。俺がこうと決めたら、ただの一人の人間の子供ぐらい、処理するのに大した手間がかかる訳じゃないんだぜ」

 太一郎の背後にいるのをいいことに、紫月は僅かに肩の力を抜き、視線を頭上へ向けた。

 さほど長いつきあいという訳ではないが、大体相棒の気分は察することができるようになってきた。

 つまり、早い話が、咲耶は今存分に楽しんでいるのだ。



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