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IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第二話 死霊の棲む家

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第三章 05

 恙無く、夜は明ける。

 朝食を終えたところで安全を確信したのか、咲耶は一旦仮眠をとることにしたらしい。

「何かあっても、自分一人で何とかしようとか思うなよ。小さいことでも俺を起こせ」

 やや眼を眇めつつ、咲耶はそう言い渡す。

「判ってる。勿論遠慮なく起こさせて貰うよ」

 物分りよくそう返して、右手をごきり、と鳴らす。

 嫌な目つきをしつつ、しかし咲耶は二階へ姿を消した。


 結局、昼間は何事も起きなかった。

 手持ち無沙汰だったので、斎藤の家事を少し手伝ったほどだ。

 恐縮して断られかけもしたが、この若い会社員にとって、ここ十日ほどの心労は酷く辛かっただろう。

 ちょっとのんびりしてください、と言うと、苦笑されたが。

 流石に、仕事中だと言うのに受験勉強はできなかった、ということもある。

 午後には、庭を見回りもした。別荘の敷地内だけだが。

 手入れの行き届いた草木が、さわさわと柔らかな風に揺れている。

 板塀に隠された庭へと意識を向ける。

 昨夜、あそこに、いたのだ。

 紫月は、肩にぽつり、と雨の最初の一滴が落ちるまで、立ち尽くしていた。



 細雨(さいう)のせい、ともいえないだろうが、午後三時を回ったあたりに咲耶が起き出してきた。

 その時は、紫月と斎藤は台所でお茶を飲んでいた。

 そつなく斎藤が椅子を勧め、湯を沸かし始める。

「何もなかったか?」

 すっきりした顔で問われて、頷く。

 ちょっと涼しくなりましたから、温かいもので、とすぐに出された煎茶を、咲耶は両手で包んだ。さほどの高温でもない温かみが、じわりと肌に伝わる。

「ありがとうございます。……夏木さんはご一緒では?」

 その言葉に、一瞬斎藤はきょとんとした顔になった。

「夏木は自室におりますが……」

 太一郎と一緒に台所でお茶を飲む、などと、考えもつかない、という様子だ。

 そこは更に触れず、咲耶は話題を変える。

「そうですか。夏木さんは、いつもお部屋で何をされているんですか?」

「主に本を読んでいるようです。起きている間は、大体書斎におりますね」

 考えこみかけた少年に、何か、と斎藤は尋ねる。

「いえ。九月なんて時期に、留学先から戻ってきたとお聞きしたので、何か日本にご用事でもあったのかと思ったのですけど」

「アメリカでは、新学期は九月からだ。前年度が終わって帰ってきたなら、さほど不思議じゃないよ」

 紫月が横から補足した。きょとん、として、咲耶がそれを見返す。

「そうか。じゃあ、予定通りだったのかな」

 得心したように呟く。

「どうかされましたか?」

 こちらは腑に落ちないように、問い返された。

「いいえ。この別荘にずっと滞在されていて、暇ではないのかな、とちょっと思ったんですよ。俺が子供の頃なんて、毎日学校へ行って友達と遊んでいた記憶ぐらいしかないですからね」

 笑って説明する。半分以上は嘘だ。

「夏木は、普通の子供とは違いますので」

 困ったような、誇らしいような笑みを浮かべて、斎藤は話を打ち切った。




「大叔父の離れの件ですが」

 その日の夕食で、同席した太一郎が口火を切る。二人の拝み屋の視線が集まるのを気にもせずに続けた。

「何も破損などせず、注意深くあるのであれば、入ってもよい、との許可が出ました」

「じゃあ大丈夫ですね」

 既に事後承諾となっている状況を素知らぬ顔で、咲耶は返す。

「昨夜、壊していますよね。歩道のタイルと、離れの鍵を」

「タイルは経年劣化で剥がれるものです。それに、離れの扉は元から開いていたんじゃないですか。壊してなんかいませんよ」

 追求する少年を、更にかわした。

 実際、鍵に関しては壊したのではない。開けたのだ。

「……まあ、今更どうしようもないですから構いませんが……」

 珍しく、投げやりに太一郎が呟く。

「ところで、今夜いっぱいで何も出てこないようでしたら、明日の朝で仕事は終了、ということでいかがでしょうか」

 話が変わったことで、幼い依頼人は首を傾げた。

「もう、何事もないとおっしゃるのですか?」

「俺たちが受けた仕事に関しては、おそらく終わったものと考えています。今後、また別の理由で別の怪奇現象が起こらない、という保障はできませんが」

 咲耶の返答に、また眉を寄せる。

「勿論、明日以降に何かがあった場合、いつでもご連絡くださって結構ですし、原因がこちらの不備によるものでしたらきちんと対応させて頂きますよ」

 にこり、と仕事の顔になって、若い陰陽師は請け合った。

「そう言ってくださるのであれば。……本当に、うちに勤める気はありませんか?」

「お気持ちだけで」

 まだ不安そうな太一郎に対し、笑みを全く崩さずに、彼はそう拒絶した。




 深夜零時を回る。

 別荘の内部に死霊の一体も発生しないことを確認し、太一郎と斎藤は部屋に引き取った。

 談話室のソファにぼんやりと座って、更に一時間ほどが経った頃。

「お前も寝てきていいぞ。多分、今夜は何も起こらないだろ。何かあったら容赦なく叩き起こすしな」

 気遣われているのかいないのか判らない口調で、咲耶が促した。

「判った」

 小さく頷いて、軽く腰を上げる。階段を(のぼ)りかけたところで、足を止めた。

 静かになった部屋の中に、しとしとと、雨音が滲んでくる。

「咲耶」

「ん?」

 こちらに背を向けて座ったまま、相棒は軽く返事をする。

 その軽さに、救われているのか。

 感じ取れない重さに縋りたいのか。

 天井の隅にわだかまる闇を、じっと見つめる。

「おやすみ」

「おぅ。ゆっくり休め」

 視線も向けずに、ひらりと片手を振ってくる。

 階段を(のぼ)り、扉が静かに開閉するのを察知する。

 よ、と、小さく声をかけて、足を振り上げた。上半身をぐるりと回転させ、そのまま柔らかな肘掛けに頭を乗せる。

「全部、これで終わりならいいんだけどな……。それでも、決着はつけないと、すっきりしねぇか」

 小声で呟く。

 どちらにせよ、最善を尽くす以外、彼にできることなどないのだ。




 翌朝、何事もなく契約は完了した。

「噂に(たが)わぬ腕前でしたね」

 玄関まで見送りに出てきた太一郎が、咲耶と握手を交わす。

「どんな噂なのかは聞かないことにしておきますよ」

 苦笑して、咲耶が返す。

 斎藤が車寄せに停車させた車に、荷物を積みこむ。

 雨は明け方になる前に止んだ。しっとりと濡れた芝生が光る。

「何かありましたら、いつでもご連絡ください」

 最後にそう告げて、彼らは別荘を後にした。


 自宅近くまでではなく、適当に便利のいい駅まで送って貰う。

 往復で六時間送迎にかけては、斎藤も大変だろう。

 それに、彼の運転する車内では気兼ねなく話ができない。

 とはいえ、実際電車に乗った後も、二人は互いの思いに沈んでいて殆ど会話はなかったのだが。

 マンションに着いて、エレベーターに乗った頃に、ようやく咲耶は次の指示を出した。

「俺は、これから何日かはちょっと忙しい。できるだけ連絡は取れるようにしておくから、何かあったらちゃんと言え」

 おとなしく紫月が頷く。

「報酬は、入金が確認できしだい、お前の口座に入れておく。俺がいないからって、色々サボるんじゃないぞ。あと、ちゃんと食ってちゃんと寝ろよ!」

 段々と九階が近づいてきて、早口で言いたいことを言っていく。

「子供じゃないんだよ、咲耶」

 扉が開き、エレベーターから降りながら、ちょっと呆れて、そう返した。

「子供じゃねぇから好き放題するんだろうが」

 むっとした顔で言い返される。

 反論しようとした先に、二人の間を、鉄製の扉が(わか)った。


 玄関の扉を閉めて、大きく息をつく。

「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでした」

 二体の使い魔は、揃って紫月を出迎えた。

「ただいま。……トゥキ」

 小柄な老人は、名を呼ばれて深く一礼した。

「杉野の、大学生だった頃の所有物は判るか?」

「勿論です」

 悪魔は即答する。おそらく、その程度のこと、目を閉じていても見つけられるのだろう。

「あいつの書いたものやその頃の写真なんかがあれば、出してきておいてくれ。至急だ」

 蛇蝎の如く嫌っていた相手への関心をどう判断したのか、老人は感情を微塵も見せずに再び一礼して姿を消した。



 数日の間は、表向き平穏な日々が続いた。

 咲耶は、確かにあまり帰ってきていないようだった。

 元から用事がなければ朝食の時程度しか顔を合わせないのだが、それすらもない。

 全く気配がない訳でもないから、ずっと不在ではないのだろうが。

 何を話していいかも判らないために、紫月からは接触をしていない。



 夏木家の別荘から戻って、五日ほどが経った頃。

 真面目に、朝のジョギングから戻ってきた紫月は、自室の玄関前に立ち塞がる相手を見つめた。


「旅行に行くぞ。すぐに用意しろ」


「……君はいつも突然だな……」

 呆れたように呟く主に同調するように、足元の仔犬が軽く尻尾を振った。




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