表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第二話 死霊の棲む家

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/87

第三章 01

 静かに身を屈め、耳を澄ませる。

 紫月の規則正しい呼吸音が聞こえてきた。死んではいない。

「救急車を呼びますか?」

 おどおどと斎藤が声をかける。

「いえ。弥栄のこれに気づいたのは、どれぐらい前ですか?」

「つい先刻(さっき)です。客室のシーツを換えて降りて来ましたので、ベッドでお休みになられたらどうか、と声をかけたんですが、起きなかったので傍に寄ったら、こんなことに……。上に守島さんはいらっしゃらなかったので、庭かと思って、そのまま玄関から出ました」

 ならば、時間はそう経ってはいまい。

 じっと、首筋を注視する。赤黒い痕は、指の一本一本までしっかりと刻まれ、消える様子はない。

 紫月なら、本来、この程度の内出血、数分も経たずに消えるだろう。

 軽く、肩に手をかけた。

「紫月」

 ゆっくりと揺さぶってみるが、起きない。両手で強く押してみても、駄目だ。

 ふむ、と呟いて、卓に置きっぱなしにしていた道路地図を手にした。おもむろに、くるくると筒状に丸める。

「ちょっと、駄目ですよ守島さん! 首を絞められて、脳になにかあったかもしれないのに!」

 慌てて斉藤がその腕を掴む。彼には、初日に紫月の鳩尾に一撃入れたところも見られていたせいか、対応が早い。

 脳の損傷ならこいつは何時間ぐらいで治るのか、とちょっと疑問に思いつつ、渋々手を下ろす。

「しかし、起こさない訳にもいかないですし」

「おとなしく救急車を呼ぶ選択肢はないんですか?」

 かなり呆れた様子で提案される。

「ここに救急車を呼んでもいいかどうか、夏木さんか本社にお伺いを立ててみたらどうですか」

 素っ気なく返した言葉が予想外だったのか、怯む。

 人々のうちには、外聞を気にする者はかなり多い。まして、夏木家のような立場で、死霊が生じている状況で、拝み屋が倒れたなどと。

 まあもっと厄介なのは、医者にかかって紫月の特異体質が問題になることだが。

 ともかく、意識が戻るかどうかは大事なことだ。

 咲耶は、卓の上にあった、先ほど飲み干したグラスを手に取った。右手を開き、その上にグラスを傾ける。

 ばしゃ、と冷水が革の手袋の上に広がるがそれを無視し、くい、と紫月の襟首を小さく引いた。

「守島さ……!」

 そして、溶けかかった氷を数個、中へ落とす。

「……つめた……ッ!」

 瞬間、びくりと身体を震わせて紫月は覚醒した。

 小さく、よし、と呟く咲耶を、唖然として斎藤は見下ろしている。

「……咲耶ッ!?」

 混乱しながら周囲を見回し、こちらを見上げてきた紫月の襟首を掴む。

「名前は?」

「は?」

 唐突にそう訊かれて、咄嗟にそれしか返せない。

「お前の名前だ。言ってみろ」

「や……弥栄紫月」

「ここはどこだ?」

「夏木さんの別荘だろう」

「何をしにここにいる?」

「それは、除霊を頼まれたから……」

 徐々に、咲耶からの尋問に不審を覚え、睨めつけるような視線となる。

 そこで、上司はぱっと手を離した。

「とりあえず正気か」

「一体何があったって言うんだ?」

 訝しげに問い返されるのに、踵を返す。

「洗面所だ。来い」


 洗面所は、談話室のすぐ傍にある。戸口の手前で止まり、紫月を先に中へ通した。

「首だ。よく見ろ」

 おとなしくシャツの襟首を広げ、首をやや曲げる。露出した首筋に、流石に小さく息を飲んだ。

「これ……」

「最低でも、俺が目にしてから五分は経ってるが、薄くなった感じはない。長いか?」

 心配そうに背後についてきた斎藤の耳をはばかって、小声で問う。硬い表情で、紫月は頷いた。

「よし。じゃあ脱げ」

「は?」

 紫月と斎藤が揃って声を上げた。

「首以外にもどこか異変があるかもしれねぇだろ。とっとと脱げ」

「……君は本当に仕事熱心だな……」

 疲れたように呟いて、濡れたシャツに手をかける。紫月は生い立ち上、割と裸体に抵抗はない。さっさと上半身を晒すと、そこで咲耶に止められた。

「背中だな」

 肩越しに振り向こうとするが、流石にそれは目に入らない。

 斎藤が怯えたように、しかしその場を離れることなく、首を傾げた。

「でも、何だか変な形ではないですか?」

「変なんですか?」

 よく考えれば、正常な形とはどういうものか判らないが。

「肩甲骨の、ちょっと上辺りだ。手だとすると、指を握りこんで、第一から第二関節ぐらいまでを押し当てたような形だな。あと、親指がちょっと下の辺りについてる。こっちは第一関節まで」

 咲耶に口頭で告げられた形状を、思い浮かべる。

「……翼をもぐような……?」

 呟いた言葉に、咲耶がきょとんとした視線を向ける。

「何だ、そりゃ」

「いや、何でもないよ」

「でも言われてみると似てますね」

 意味まで把握はしていないのだろうが、斎藤が頷く。

 下半身には、異変は見当たらなかった。腕を組んで、咲耶は数分考えこむ。

「よし。下を履いたら、夏木さんに会いに行くぞ」



 夏木太一郎は、突然現れた半裸の客人に、一瞬呆れたような視線を向けた。

 が、すぐに、その首に赤黒く纏わりつく痕を見咎める。

「何がありました?」

「理由は判りません。ですが、今までお二人の身体にこんなことが起きましたか?」

 ついてきた斎藤と共に、首を振る。

「なるほど。では、弥栄を一日、ここから離します。許可を頂けますか」


「離す?」

 眉を寄せ、太一郎は繰り返した。

「勿論、その間の、弥栄の分の報酬と経費は抜いてくださって結構です。昨夜までと同程度の霊障であれば、俺一人で対処は可能ですし」

 業務上の対応を話し始める咲耶を、片手を上げて幼い少年は止めた。

「待ってください。何故、弥栄さんがここを離れるのですか? 彼には、この仕事は手に負えないと?」

 苛立ったような、僅かに嘲るような言葉に、冷静に咲耶は返す。

「とんでもない。ですが、今までとは違う異変が起きたのは確かです。これが、この屋敷に因るところの異変なのか、そうではないのか、判断しなくてはなりません。ここから離れて、この痕がどう変化するか、観察した方がいいんです」

「観察と言っても、一人で見ていられる部位ではないでしょう」

 首と、背中だ。確かに無理がある。

「人手は他にもあります。除霊を行うには不向きでしたからここにはおりませんが、弥栄を見張るぐらいはできますよ」

 軽く、それにも返答する。

「午前零時。この屋敷の中が再び霊に満ちるという、このタイムテーブルと、どう連動しているかも調べたい。明日の朝には戻らせますから、一晩、時間を頂きたい」

 じっと見据えてきた太一郎は、足を組み直した。

「……その手の形が、霊障だという証拠はありますか? 誰か、人間が絞めた痕ではないというものが」

 言い辛そうだったが、可能性として外せはしないのだろう。

 人に絞められた痕であれば、おそらくもう赤みすら残っていない、という紫月の特異体質はそうそう口にできない。

 その代わり、咲耶は相棒の首筋に手を触れさせた。

「判りますか? 俺の手よりも、やや小さい。指の細さは、実際のものではなく、触れた面積によることを考えても、長さまではそうはいきません。当然、斎藤さんは俺よりも手が大きい。そして、夏木さんは、もっとずっと小さいですね。ですから、今朝、この屋敷にいた人間が弥栄を絞め殺そうとした訳ではないんです。……俺の知らない誰かがいたなら、別ですが」

 小さく溜息を落として、太一郎は二人の拝み屋を見上げた。

「了承しました。ですが、それも仕事の一環ですから、報酬も経費も出しましょう。後で纏めて頂けますか」

「ありがとうございます。あまり豪遊させないようにしますよ」

 にやりと笑む咲耶に、小さな手がひらりと振られた。


「斎藤さん、タクシーを呼んで頂けますか」

 太一郎の私室を出て、すぐに要請する。

「タクシーですか? 私がお送りしますけれど。そろそろ買出しにもいかなくてはなりませんし」

 礼儀正しく申し出られるが、首を振る。

「ここで、情報を断ち切ってから行かせたいんです。お手間をかけますが、お願いします」

 理由に納得はできないようだが、頷かれた。

「よし、じゃあ紫月。着替えて荷物を纏めよう。いつまでもそんな格好してるんじゃねぇよ」

「誰のせいだよ」

 憎まれ口を叩きながら、二人で紫月に割り当てられた部屋に入る。

 ベッドの傍に置かれた鞄を、持ち上げた。

「今着てたシャツも持っていけよ。何も、ここに痕跡を残すな」

「判った。観察者は、トゥキか?」

 察しよく告げてくるのに、小さく笑む。

「うってつけだろう? 駅前かどこか、適当なところでホテルを取って、あまり外に出るな。ついでにゆっくり眠ってこい。カルミアとじーさんがいたら、最低限身は護れるだろ」

 居眠りをしてしまっていたことを思い出し、少しばかりばつが悪い気分になる。

「でもまだ午前中だぞ? ホテルにチェックインは無理じゃないか」

「デイユースとか色々ある。粘れ。どこにいるか、って情報は絶対にこっちに寄越すな。一応、これを渡しておくから、やばくなったら呼べ」

 上着の内ポケットから、細長い紙を取り出す。

 この呪符は、持っている人間同士の間で、会話がやりとりできるというものだ。携帯電話を頑なに持とうとしない咲耶といると、しばしば必要になるものだった。

 頷いて、新しく着替えたばかりのシャツの胸ポケットへ入れた。

「……手の、痕。小さい、って言ってたよな」

 そして、気がかりだったことを、口にした。

「ああ。女の手みたいにな」

 無造作に、咲耶は同意する。

 予測はしていたが、憂鬱さが増して、溜息をつく。

「女ってだけで、それがお前の母親だとは限らないだろ。霊の中には女は何人もいた。それよりも、この屋敷とお前との関連性が何なのか、それを突き止めたい。昨日、植木鉢が落ちたのだって、お前を狙ったと思えなくもないしな」

 落ちるとは思えない花籠が落ちる。霊障の一つというのは、あり得る話だ。

「敷地外だけどね」

「それも調べたいことだ。お前が、この屋敷から離れて、霊障が一体どういう動きになるか。じーさんに記録をつけるようにちゃんと言っておけよ」

 どうしてカルミアは名前で呼ぶのに、トゥキ・ウルは呼ばないのか、時折紫月は疑問に思ったりするが、今はそれを問い質す時でもない。

 真面目な顔で、紫月は頷いた。

 話しておくべきことは、一通り終わっただろうか。ざっと頭の中で浚って、一つ思い出す。

「そういえば、先刻(さっき)のは何だったんだ? 翼、とか何とか」

「ああ。……西洋魔術の教義では、悪魔のうちの何人かは、元天使だったと言われているんだ。翼をもがれて、堕天した、と」

 話し始める内容の意図が掴めなくて、無言で続きを待つ。

「非常に高位の悪魔も、それに含まれる。……先月、僕らが関わった、ような」

 しかし、そう続けられて、流石に表情が曇った。

「気をつけろよ」

「君も」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ