表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第一話 拝み屋の少年と呪われた王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/87

第五章 01

 守島。

 日本に住む、大多数の人々には、全く何の意味も持たない名前である。

 だが、ほんの少数の人々には強い畏怖さえ呼び起こす名であった。

 それは、日本に存在する陰陽道の数多の流派、陰陽師を束ね、支配する一族を示す。修験道や密教といった、日本古来のもの、国内に存在する、他文化由来のものに対しても大きな影響力を持っていた。


 『陰陽師』というものは、元々は国家を支える官僚のようなものであった。星を読み、忌むべきものを退(しりぞ)け、国家の安泰に務めてきたのだ。

 中でも、『守島』は、『島』を、日本という国家を守ることを〈名〉として自らに課す一族である。

 現在の日本は民主主義国家であり、立憲君主制であり、政教分離の原則がある。しかし、『守島』は、今なお絶対的に国家を影から補佐している。国家機能そのものと言うよりは、むしろその概念に対してであるが。


 現在の守島の本家には、五人の息子たちがいる。全てが一流の陰陽師であり、当主に忠実に働いている。ただ、その末子だけを除いて。

 当主は末の息子が十歳になった年の正月に、彼を将来跡継ぎにする、と明言した。

 彼の決断は、全てが国家と一族の益となるものだ。一族からの彼への忠誠は揺らがず、結束は固い。その跡継ぎ問題も、兄たちからすら異論一つ出ずに、決定するかと思われた。

 しかし、当の末弟は、それに酷く反発する。当主自身は末子と話すらしなかったが、兄たちは高圧的に彼を諌めた。

 以来続いた彼らの対立は、その末子がやがて家を飛び出したことで、一旦の落ち着きをみせていた。



 そして。




「榊!」

 咲耶の声に応じ、黒いつむじ風が発生する。ゆっくりとこちらへ向かってくるゴーレムの足元に纏わりつかせてみたが、半ば予想していた通りに何のダメージも与えられていない。

「土人形、って言ってたもんな。やっぱ力押しか」

 小さく呟いて、召喚を解いた。

 ゴーレムが到着するまではまだ余裕がある。ちらり、と視線を壇上の男へ向けた。

 杉野は壇の中央を離れ、袖の方向へ移動している。なにやら壁を触っているようだ。

 数秒後に、身体に震動が伝わった。

 がこん、という音と共に、頭上に異変が生じる。

 見上げると、暗く沈んでいた天井に光の線が走っていた。

 赤い、光が。

 鋭く紫月を見る。こともなげに、少年は答えてきた。

「上の、礼拝堂の床は可動式なんだ。それを開けてるんだろう」

「……あの、莫迦が……!」

 罵声を上げた咲耶に驚いた表情を向ける。だが、すぐに上階から熱気と、燃える内装材がばらばらと落ちてくるのに、更に驚愕した。

「何が……!?」

「あの野郎、お前を拉致った後に、上の階に火をつけてやがったんだよ。地下には結界があったし、俺も抑えてたから大丈夫だとは思ったんだが」

 忌々しげに、咲耶は告げた。

「火を……? 杉野、一体何を!」

 問い詰める養い子に、嘲笑を向ける。

「もう、必要ないからだ。今夜の儀式が終わりさえすれば、私は必要なものを手に入れる。栄光に満ちた、私だけの王国を。あんなお人好しの教主に頭を下げることもなくなる。……お前」

 じろり、と咲耶を見下ろした。

「紫月に頼まれた訳じゃない、と言っていたな。大方、ナガタニが雇ったのだろう。全て燃やし尽くして、更地にしておいてやってもいいぞ。手間が省けるからな」

「……言ってることがおかしくないか?」

「結構前からだ」

 小声で、少年たちは身も蓋もない感想を言い合った。

 無言のまま、ゴーレムは徐々に近づいてきている。周辺の床材にも火が点き始めていた。

「檀!」

 声を上げた瞬間、頭上から、ひらりと金毛四尾の狐が舞い降りる。彼らの周囲、直径五メートルほどの範囲の炎が(くすぶ)って、消えた。

「それじゃあ行くか」

 小さく呟いて、巨大な土人形を睨み据えた。身長は二メートルを超える。胴や腕、足は人のそれよりも太い。

 だが、狙う所は人間と大体同じだ。

 口の中だけで呪を唱える。ばちばちと音を立てて、ゴーレムの膝周辺に雷撃が弾けた。それは一瞬では終わらず立て続けに関節を責め立てる。

 油断なく相手を見据えて、じり、と咲耶はやや後じさった。スニーカーが、足場を確かめるように二、三度床を擦る。

 それを数度繰り返したところで、紫月が声をかけた。

「手伝おうか?」

「探すのに手間取ってるだけだ。コンクリが剥き出しだったらまだ楽だったがな。こっちの心配よりも、お前は杉野の様子を見てろ」

 小声で、素早く指示を出す。

「杉野?」

 彼は頭上の床を開いた後、また元の卓の傍に戻っている。こちらをなんとなく眺めているようだ。

先刻(さっき)、この土偶野郎に、足止めしろって言っていただろう。殺せ、とかではなく。杉野は、何かを待ってる。それで時間を稼いでるんだ。心当たりはないか?」

 ゴーレムの、片方の膝が半ば抉れた。細さに自重が耐えられず、ごぎん、と音を立てて、折れる。膝頭を床にぶつけ、それでもゴーレムは前に進もうとした。

 のろのろと床についた手首を、更に雷撃が襲う。

 ゴーレムは、今更言うまでもなく土で創られている。陰陽道において、土を害するものは木気。雷は、木気の一形態だ。

 勿論、ゴーレムを構成しているのが西洋魔術である以上、その効果はかなり目減りするが。

 心当たり、と紫月は呟く。

 確かに、先ほど顔を合わせたばかりの時も、今夜にあわせて、などと言っていた。

 これから、何がしかの儀式を行うつもりだということは、間違いない。

 しかし、大抵の場合、『生贄』である紫月は壇上にいた。今夜、それを促されたことは一度もない。

 あの養父が紫月を必要とする理由など、他に思いつきもしないが。

 杉野は何を話していた?

 紫月の生まれた日。母と自分を護って死んだ男。実の父親。

 人を待つのならば、結界を張るのも頭上の床を開くことも的外れだ。

 ならば、時間か。

 また、鈍い音と共に、今度はゴーレムの手首が折れた。

 身体から離れた土の塊が、それでもまだこちらににじり寄ってこようとしている。

 舌打ちをして、咲耶は足をずらす。

「……あった!」

 瞬間、にやりと笑むと、その場に跪いた。黒革の手袋から延びた、剥き出しになった指先を十本、床に触れさせる。

 思わず眉を寄せる。床板が、本当に邪魔だ。

「剥がしてやろうか、くそ!」

 小さく罵声を発して、視線をゴーレムに向ける。

 決して止まることなく、こちらへ近づこうとする、愚鈍な土の塊に。

 少年の唇から、吐息が漏れた。

 数秒後、抉り落としたゴーレムの手首が、ぐずりと崩れる。

 小さな塊だから、発現が早かったのだ。それはすぐに、こちらも落ちた両脚、そして本体へと波及する。

 咲耶が捜していたのは、地中の気の流れだ。それを操ることによって、杉野の人形をただの土へと還していく。

 地下であるここは、まだ判りやすかった。木製の床板の存在がなければ、もっと。

 呼吸が、少し苦しい。

 咲耶のやや背後に立つ紫月も、無意識にか制服のシャツの襟を軽く引いている。

 彼らの周囲だけは炎を消しているが、室内はあちこちに火がちらちらと蠢いている。そのせいだろう。

 ゴーレムの身体が全て土塊(つちくれ)となり、動きを止めたのは、それからまもなくだ。


 溜息をつき、身を起こす。

 杉野はそれをじっと見つめている。

 何のリアクションもなく。

 無言で、咲耶は男に向けて歩き出した。紫月も、それに続く。

 何を企んでいるのか判らない以上、こちらの隙を見せる訳にはいかない。

 だが、ほんの数メートル進んだところで、この場に似つかわしくない電子音が響いた。

 杉野が、手元にあった携帯電話を手にした。特に電話やメールではなかったらしく、音を止めて、再び少年たちを見る。

 その表情は、もう、冷淡ではなかった。

「間に合ったな」

 薄く、満足そうな笑みを浮かべている。

 そして、男は、卓の中心に掌を置いた。


 壁に設けられていた数少ない照明が破裂した。

 天井が高くなった空間は、そこここで燃える炎の勢力以外は一瞬で闇に沈む。

 同時に、どん、と背中から強く押された感覚が、少年たちを襲った。

 いや。そうではない。

 強烈な眩暈が。地の底から、宇宙の果てから発せられたような、押し潰されるかのような圧迫感が。

 彼らの存在自体を、縫い止める。

 崩れかける脚を、何とか咲耶は維持する。

 視線は、杉野から離さない。

 その、男との間に、一際黒い闇が生じた。

 ゆらゆらと揺れ、ゆっくりと渦を巻き、一つの塊を生じさせていく。

 睨み据えていた視界の隅で、細い身体が沈んだ。

「紫月!」

 反射的に、名前を呼ぶ。

 床に座りこみ、背を丸め、何かに耐えているような少年は、驚愕に目を見開いていた。

 ぱきぱきと、周囲で床板が割れていく音がする。

 指が小さく震えだす。

 この急激に力が抜けていく感覚は、これほど激しくはないが、しかし覚えがある。

 咲耶は、感じていない筈だ。これは。

「私を侮ったな、紫月。陣を組んでいないから、自分は『生贄』には捧げられない、と思っていたか? 実際のところ、この部屋の内部に既に陣は形作られていた。自分から血を捧げてくれもしたしな。後は、時を待つだけだったのだ。全く、よくできた息子だよ」

 これは、紫月を、生贄に捧げる儀式だ。

 呼吸が苦しい。

 心臓の鼓動が激しくなる。

 背筋に、身を熱くさせるような、凍えさせるような蟻走感が生じる。

 唇を噛んで、呻き声を何とか押し留めた。

「元からお前に情も信頼もない。紫月。そこで、私が望みを果たすのを見ているといい。あの方への生贄として、お前の肉体も精神も魂も、残らず闇に堕としてやろう。そして、お前は私に永遠に仕えることになる」

「望み……。『栄光と王国』か?」

 咲耶が呟く。

 苦しい呼吸の下、上手く動かない思考を紫月は何とか集中させる。

 考えろ。杉野は、何を待っていた?

 誕生日。十七歳。

 分離した十を表すのは〈王国(マルクト)〉。七は〈剛毅(ネツァク)〉。そして生成される八は〈栄光(ホド)〉。

 栄光と王国。どうやって手に入れる?

 先ほどの、タイマー。時間。天球での惑星の位置か。

 だが、それは今日でなくともいい。言ってみれば、補助だ。決め手ではない。

 月。日。曜日。

 誕生日。……守護聖人。

 今日の守護聖人は、あれと相対している。

 そして、杉野は自分を初めて『息子』と呼んだ。だが、自分の、ではない。そんな情は彼にはない。

 ならば。

「咲耶、逃げろ!」

 突然の言葉に、一瞬呆気に取られたように咲耶は視線を向けた。

「杉野が召喚しようとしているのは、今まで相手にしてきたみたいな下級悪魔じゃない! 魔王アスタロトだ!」

「……で?」

 予測はしていたとはいえ、この陰陽師の、知識のなさに歯噛みする。紫月は残った気力を、文字通り振り絞った。

「西洋悪魔の、頂点に位置する一人だ。冥王に次ぐ、四大諸侯の一人。ただの人間が、太刀打ちできる相手じゃない!」

「だから、俺に逃げ出せって? 莫迦言ってんじゃねぇよ。ここまで虚仮にされて、示談程度で済ませてやれるかってんだ」

「あああああもう……」

 眩暈が酷い。顔を上げているのすら、辛くなる。

 この消耗の速さは、今までの十年間で経験した儀式の比ではない。

 素早く腹を括る。それぐらいの覚悟は、とっくにできている。

「……判った。君が勝つために、何をすればいいのか教えよう」

 静かにそう告げた紫月の顔色は、蒼白だ。


「僕を、殺せ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ