表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IMAGE Crushers!  作者: 水浅葱ゆきねこ
第一話 拝み屋の少年と呪われた王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/87

第二章 05

 裏口の上には、常夜灯が白い光を放っている。

 鉄製の扉は、ぴったりと閉じられ、全く何の異変も起きていないかのようだ。

 それでも、周辺に明らかに漂う臭いに、咲耶は眉を寄せた。しかし、薄い。残り香だろう。外に出てはいないようだ。

 扉から五メートルほど離れたところで、彼は足を止めた。

「お二人はここまでです。俺たちが中に入ったら、駐車場まで戻ってください。いいですね」

 後ろについてきていた那賀谷が渋々と、顔色を青褪めさせた竹田が安堵の表情で頷く。第一発見者の社員は、流石に再びここへ来ることを拒み、車に留まっていた。

「長くなりそうですし、今夜は一旦帰ってくださっても結構ですよ。終わったら連絡します」

「いや。待たせて貰う」

 だが、きっぱりと那賀谷は主張した。それは予測できていたので、反対せずに頷く。

「弥栄。彼らを護っていてくれ」

 『助手』に視線を向けて指示を出す咲耶の腕を、紫月が軽く引く。

「僕を置いていくつもりじゃないだろうな」

 囁くように問い質したのは、せめてもの気遣いか。咲耶も小声で返す。

「判ってる、置いてかねぇよ。あの二人を連れていかないぐらいには、確実だ。ただ、入り口を確保する間、二人を護ってくれ。無理だと思ったら連れて逃げろ。それぐらいのことはできるんだろうな?」

「当たり前だ」

 ややむっとして、紫月は返した。にやりと笑んで、咲耶はふらりと裏口へと近づく。

 正直、ついてきた三人を護りつつ敵を処理するぐらいは余裕である。だがまあ、色々知っておきたいことはあった。紫月の肝の座り具合とか。

 扉まで三歩を残して、少年は足を止めた。

 手を延ばしても、まだ扉には届かない。

 非常口を兼ねた裏口は、外開きだ。こちらから開いては、片手が塞がることもあり、内側からの襲撃には一手遅れてしまう。

 がたがたと、扉が奇妙な音を立て始めた。内側から、何者かが開けようとしているような。

 那賀谷と竹田が息を飲むのが聞こえてくる。

 鍵はかかっていない。中のものが、外に出ようとするなら、簡単だ。

 出てはならない、と命令されていなければ。

 咲耶が、吐息を漏らす。

 声は発せられない。かろうじて、唇が何かの言葉を刻んだようだ。


 ばァん!


 瞬間、扉が勢いよく開き、コンクリートの壁にぶつかって甲高い音を立てた。

 咲耶は、それに触れてさえいない。

 そこにいたのは、人間であれば大柄ともいえる体格をしていた。長い黄金色のたてがみを後ろに流し、ぎらついた双眸は僅かに虚を衝かれたかのように見開かれている。鋭い牙が、半ば開かれた口から覗いていた。服装は、黒のモーニングコートの礼服。意外と礼儀正しい相手だった。

 だん、と、咲耶は扉が通り過ぎた空間に、大股に一歩、踏みこむ。

 頭を掴もうと延ばしてきた鉤爪を、身を屈めて避けた。

 宙を空振りした相手を、睨め上げる。

 右手の人差し指と中指を、揃えて伸ばした形の手を、斜めに振り上げるように、薙ぐ。

 その軌跡に沿って、立て続けに悪魔の身体が、爆ぜた。

 ぐらりと揺れたその巨体が、ざらりと灰になって散る。

 撥ね返ってゆっくりと戻ってきた扉が、がちゃりと重い音を立てて、枠に嵌った。

 咲耶が背後を振り向く。

 ぽかんとして一連の行動を見つめていた三人に、小さく笑いかけた。

「ほら、行くぜ。弥栄」




 建物の中は、暗い。

 裏口の上に点いた非常口を示す緑色の光以外、通路の奥までが真っ暗だ。

「灯りを点けるか?」

「点きゃいいがな」

 囁き交わし、戸口の横にある照明のスイッチを押す。

 数秒待ったが、周囲に光は溢れなかった。

「点かないようになってるな」

「いや、でも停電じゃないだろう。警備用のカードキーは、電気が通ってないと認識しない筈だ」

 意味が通らない、と紫月が呟く。

「術師の作り出す世界なんて、基本的に子供の我儘みたいなもんさ。思いつかないものはその通りにならない。奴は、そんなことを気にもしてないんだろう」

 とん、と軽く、一歩前に出る。

「杉野か」

 不機嫌な口調で、紫月が呟いた。

「判るのか?」

「なんとなく。この建物の中の、何と言うか……雰囲気、が、奴が儀式をしていた礼拝堂と似ている」

「そりゃあ居心地の悪そうな場所だな」

 喉の奥で笑って、咲耶はもう一歩前に出て、そして止まった。

「んー。面倒くせぇな。集めるか」

 右手を、ゆらりと肩の高さまで上げる。

(さかき)

 小さく呼んだ瞬間、彼の爪先で小さく渦が巻いた。

 黒い、風が。

 ひゅんひゅんと小さな音を立てて留まっていたそれは、一体何の命令を受けたのか、一直線に通路を奥へと突き進んだ。

「あれも、君の式神か?」

 興味深げに尋ねるのに、頷く。

「ああ。そうだ、弥栄」

 思いついた、というように、咲耶が肩越しに視線を向ける。

「部屋でも言ったが、これは俺の仕事だ。俺のやり方でやらせて貰う。お前は、一切手を出すな。心配しなくても、お前の身ぐらいちゃんと護ってやるよ」

「いや、守島……」

「それが嫌だってなら、今すぐ外に出て待ってろ」

 陰陽師の、口調と瞳の色は本気だ。

 溜息をついて、紫月はあっさりと判ったよ、と答えた。

 それに、やや胡乱な視線を向けていたが、とりあえず信用することにする。

「それで、どうして僕たちはここに立ちっ放しなんだ?」

 どちらかと言えば、連れはそっちが気になっていたらしい。

「このビルは、フロアが十四階ある。推測だが、その全部に悪魔が陣取ってる。数はまちまちだけどな。ビルの面積はさほどじゃないが、部屋が幾つも分けられてるから、それを一つずつ回っていくのは、かなりの手間だ。だから、先刻(さっき)のやつに、集めさせてる」

「集め……?」

「もうじき来るさ。手ぇ出すなよ」

 視線を暗い通路の方に戻し、咲耶は更に念押しした。

 しんとした空気の中に、やがて、再びあの渦を巻く風の音が近づいてきた。

 紫月が、小さく息を飲む。

 淡い緑色に照らされた通路に、咲耶の式神を追って、三体の悪魔が突進してきたのだ。

 二人の立つ、一メートルほど手前まで来た式神は、ふいにその姿を通路いっぱいに広げた。

 黒い空気が、渦を巻いたまま、悪魔たちを包みこむ。

 この世のものとも思えない絶叫と、何か硬いものを削っているかのような音が、一分ほど響いて。

 そして、再び渦は小さくなった。

 その中にあった筈の存在は、どこにも見当たらない。

「何が……」

 呆然として、紫月は呟く。

 長く息をついて、咲耶はしばらく肩を落とした。見ると、その額には汗が滲んでいる。

「よし。じゃあ、進むぞ」

 紫月の疑問を全く意に介さず、咲耶は足を進めた。

 やがて、その通路はエレベーターホールに通じていく。

「エレベーターで上がるのか?」

「動かねぇだろ、きっと。動いたとしても、その後どんな酷い目に遭わされるか、賭けてもいいぜ」

 皮肉っぽくそう告げて、咲耶は少し離れたところの扉に手をかけた。

「階段で上がる」

「……十四階まで?」

「嫌なら帰っていいんだぜ?」

 再度そう言い渡され、むっとした表情で、紫月は後に続いた。



 その後は、意外と単純作業だった。

 階段を登ると、咲耶は非常階段の扉を開け、〈榊〉を放つ。数分で戻ってくる式神の後ろには、もれなく悪魔たちが追ってきていた。

「どういう理屈なんだ?」

 五階に上がるまでずっと問い続けて、ようやく咲耶は口を開いた。

「榊は、風を司る式神だ。ああやって渦を巻く勢いで、周囲に風の刃を撒き散らしてるんだよ。物理的には何の威力もないが、悪魔やら幽霊やらの(ばけもの)には、それで傷がつく。ここに出てきてる奴らは、敵対行動を取ってるからな。ちょっと刺激すりゃ、追っかけてくるだろう。それで一箇所に纏めて、一気に潰す。多少なりと考える力がある奴は引っかからないだろうけど、有象無象なら充分だ」

「へぇ」

 感心したように呟いて、紫月は踊り場でひょい、と屈む。躊躇いもせず、片手を〈榊〉の渦の中へ差しこんだ。

 咲耶が息を飲む。

「本当だ。ちょっと涼しいな」

 呟いて、身を起こす。連れの表情を目にして、小首を傾げた。

「どうかしたのか?」

「お前……。何だってそんな危ねぇことやるんだよ……」

 声を掠れさせる咲耶に、更にきょとんとした顔になる。

「だって、君が物理的には大丈夫だって言ったじゃないか」

「だからって人に無害だって言った訳じゃないだろ! 変な呪がかかってたりすることだってあるんだから、ちったぁ警戒しろ!」

 大声で怒鳴りつけて、ようやくその可能性を理解したらしい。

「ああ、そうか。すまない」

 素直に謝ってくる相手に、長く溜息をついた。そのまま、今度は咲耶がその場に腰を下ろす。

「守島……?」

「ちょっと休憩だ」

 素っ気ない口調で隠そうとしているが、やや呼吸が荒い。額に浮いた汗は、一向に引く気配はなかった。

 確かに空気はまだ昼間の熱を孕んでいる。だが、空調が入っていた屋内は外に比べればはるかにましだ。

「具合が悪いのか?」

 気遣わしげに言葉をかける紫月から、ふいと視線を逸らせる。

「ちっと疲れただけだ。すぐに動ける」

「……手伝おうか?」

 だが、次いで発せられた言葉には、きつい目線で見返した。

「駄目だ。何もするな、って言っただろうが」

「だけど、まだ五階が終わったところだ。この先、今までの倍はあるんだろう」

 壁にもたれ、咲耶はひらりと片手を振る。

「仕方ねぇだろ。俺は、西洋の悪魔とは相性が悪いんだよ」

 当たり前のこととして言うが、しかし紫月は要領を得ない顔になる。

「……お前って、本当に基本的なところを何も知らねぇんだな」

 呆れ顔で呟く。

 まあ、休んでいる時間、間を持たせる役には立つ。

「前にも言ったが、俺は陰陽師だ。これは、大陸で発生し、日本にもたらされた後、また独自の発展をした」

 やや文句を言いたげだったが、好奇心が勝ったのだろう。紫月は静かに頷く。

「だから、俺の術が一番通じるのは、まず日本で生じた(ばけもの)だ。次に、大陸で発生したもの。今回みたいな西洋魔術を基本にした奴は、術理論が違いすぎて、余計な手間がかかっちまうんだ」

「つまり、相手と比較すると、君の力が弱い、ってことになるのか?」

 端的に纏められて、むっとする。

「莫迦なことを言ってんじゃねぇぞ。俺以外の陰陽師で、ここまでできる奴なんざ、日本に五人もいねぇよ」

 それは別に否定材料にはならないんじゃないか。そう紫月は思うが、流石に反論は控えておく。

「南京錠、って、知ってるか?」

 だしぬけに尋ねられる。その意図が掴めず、紫月は無言でただ頷いた。

「俺は、陰陽術で対応できる(ばけもの)なら、俺の持っている『鍵』でその南京錠を簡単に開けることができる。だけど、今みたいな西洋の悪魔が相手だと、俺の『鍵』は殆ど役立たずだ。それでも、それは絶対に開けないといけない。だから、俺は」

 右手を拳に握り、左の掌に打ちつける。

「南京錠を、力任せに引き千切るしかないんだよ」

 革の手袋にぶつかった音は、不快な軋みとなって聞こえた。

「なるほど。それは、確かに疲れそうだ」

 薄く笑んで、告げてくる。それを理解した印だと受け取って、咲耶は立ち上がった。多少、楽にはなっている。この先のことを考えると、慰めにもならないが。

 隣で、とん、と段に足を乗せる音がした。

「しかし、そう考えると、やっぱり僕が手を貸した方がいいんじゃないか?」

「だーかーら。俺の仕事だ。ちょっとは覚えろ。そもそも、お前に何ができるかも判らないのに、何を任せろってんだよ」

 冷静に見えるが、実は血気に(はや)っているのだろうか。

 そっと、涼しい顔をした連れの表情を伺う。

 紫月は、特に気を悪くしたようでもなかったが。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ