お題『南京錠』
「南京錠は、南京のものではないのだ! 産地偽装よこれは! 許されざることだよ!」
「あっはい。そうですね」
椅子を蹴って立ち上がり力説する先輩を横目に、私は手にしていた文庫のページをめくった。
本の中では、名探偵が館の住人を集めて推理の結果を披露しているところだった。
私はパズルのように理屈で謎が解き明かされる物語が好きだ。
逆に、感情的な描写で読ませる話はあまり得意ではない。
それは、多分に感情的過ぎる人間が傍にいるからではないかと思ったりもする。
「そもそも南京ができたのなんて600年くらい前でしょ? 南京錠は紀元前500年くらいには古代ローマで使われてたらしいから、4倍くらい歴史に差があるのだよ! 赤い角つけてシャア専用になったりニンジャ脚力を身につけても3倍しか差が出ないのに4倍だよ!?」
「あっはい。そうですね」
別にどうだっていいと心底思う。
叫んだところで南京錠が南京錠と呼ばれてきたことは変わらないし、明日も名称が変わることはないだろう。いや、この先輩だけある日突然南京錠をシャア専用+1倍錠とか言いださない保証は私には出来かねるけれど。
とにかく、今の事態を打開する方策が先輩の言葉に含まれていない以上、私にできることは、手元の本を読み進めることだけなのであった。
文庫の中の探偵は、犯行のトリックと犯人の動機を滔々と語っている。
「そんな産地偽装の悪質な道具に、我が部の予算が危機に瀕しているだとか! 神が許しても私が許さない! ええい、ハンマーとかノミとかないの!? ぶっ壊しちゃおう!」
「あっはい。そうですね」
そう言って、先輩は棚にかけられた南京錠をがちゃがちゃといじくりまわした。
だが、そんな程度で壊れるものなら、問題はここまでこじれてはいないのだ。
そして、残念ながらというか、幸いなことにというか、ここには先輩の暴挙を実行に移すだけの道具もないので、破砕音で周囲に迷惑をかける心配もない。
というか、先輩の大雑把さで鍵を壊して開けたら、たぶん中にしまってある今日締切の予算申請書はびりびりになっていると思う。
「そもそもなんなのよ! 部長、こんな大事な日に『日本海が見たくなりました。探さないでください』とか! あンの放浪癖が! いなくなるなら鍵の番号教えてから行けっていうの!」
「あっはい、そうですね」
全ての謎を解き終え、文庫の中の探偵が、金庫を開ける。
そこには、犯行の動機に直結する、遺言書。
だが、私の興味はその内容にはない。
私は手元のメモに、4桁の数字を書き写す。探偵が空けた金庫の鍵となる番号を。
先輩の手から奪い取った南京錠の数を合わせる。
かちり、と音を立てて、ばねが弾けた。
「……えーと」
「部長、言ってましたよね。この本のオチの番号が、部室の棚の鍵番号って」
「……ごめんなさい。全然聞いてませんでした」
小さくなる先輩。
曰く。南京錠の南京とは、小さくてかわいいものを指してつけられたそうである。
まあ、つまり。
うちの南京先輩は、今日も平常運転なのであった。




