表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

お題『声』

 

 

 指が覚えている番号を押して、電話をかける。

 呼び出し音が10を越えたところで、かちり、と音声データが再生された。

 聴きなれた声。録音のせいか、どこかぎこちない、彼女の声が響く。

 事務的にメッセージを読み上げていいものか、せっかく自分の声なのだから、少しはくだけた物言いをすべきなのか。

 悩みながら、結局どっちつかずのまま、半端でちぐはぐな口調と台詞が再生される。


『――ごめんなさい。今手が離せなくて電話にでられないみたいです。ご伝言があれば電子音のあとに録音しておいてくださいね』


 無機質な電子音が響く。


「僕です。マコトの卒園式、無事終わりました。お母さんがこない家はうちだけで、ちょっとごねられたよ。……いや、責めるわけじゃないよ。それじゃあ、また後で」


 小さな手を握り、我が子を見る。

 さあ、二人で帰らないと。戻ったら、やることはたくさんあるのだから。


 

 ◇  ◇  ◇



 指が覚えている番号を押して、電話をかける。

 呼び出し音が10を越えたところで、かちり、と音声データが再生された。

 聴きなれた声。録音のせいか、どこかぎこちない、彼女の声が響く。

 あまりうまく喋ることができなくて、僕に録りなおさせようとしたのを止めた結果のつたないメッセージ。

 話すことが得意でない彼女らしい、たどたどしい言葉に、安堵の息が漏れる。


『――ごめんなさい。今手が離せなくて電話にでられないみたいです。ご伝言があれば電子音のあとに録音しておいてくださいね』


 無機質な電子音が響く。


「僕です。転勤が決まりました。マコトには、泣かれるんだろうな。友達、たくさんできてたみたいだから。引っ越し、嫌だろうけど。一人置いていくわけにもいかないし。ごめんなさい。愚痴を言いました。また、後で」

 

 深呼吸を一つ。

 さあ。家路を急ぐとしよう。あの子に、できる限り丁寧に説明しないと。


 

 ◇  ◇  ◇



 指が覚えている番号を押して、電話をかける。

 呼び出し音が10を越えたところで、かちり、と音声データが再生された。

 聴きなれた声。録音のせいか、どこかぎこちない、彼女の声が響く。

 いつもと同じ口調。そのことが、今は心底ありがたいと思った。

 その声を聞きながら、混乱する思考を整理して、録音すべき言葉を頭の中で紡いでいく。そうしなければ、叫びだしてしまいそうだった。


『――ごめんなさい。今手が離せなくて電話にでられないみたいです。ご伝言があれば電子音のあとに録音しておいてくださいね』


 無機質な電子音が響く。


「僕です。マコトが、家を出ていきました。……僕は、男だからマコトのことがわからないって。母さんなら、私をこんなにしなかったって。昨日、そう言われました。僕は、下手くそで、無神経で、臆病で、大切なものにほど手を伸ばせなくって、伝わらなくて……昔から変わらないね。君にもそう思われていたのかな。ごめん。また、後で」

 

 電話を切って、頬を叩く。

 この通話が終わったら、僕は弱い男でも、頼りない夫でもなく、子と生きる父にならなければいけないのだから。



 ◇  ◇  ◇



 指が覚えている番号を押して、電話をかける。

 呼び出し音が10を越えたところで、かちり、と音声データが再生された。

 聴きなれた声。録音のせいか、どこかぎこちない、彼女の声が響く。

 改めてこのメッセージを聞いて思い当たる。サ行が舌足らずなところは、先ほど涙まじりで手紙を読み上げた花嫁も、そっくりだった。

 まったく。世界は繋がっていく。残酷に。優しく。どこまでも。

 

『――ごめんなさい。今手が離せなくて電話にでられないみたいです。ご伝言があれば電子音のあとに録音しておいてくださいね』


 無機質な電子音が響く。


「僕です。マコトの式、終わりました。君によく似ていたよ。僕の血の分、ちょっと可哀そうなことをしたかと思ったけど。大丈夫、すごく綺麗だった。お相手は……僕よりしっかりしていると思う。きっと、あの二人はうまくいくと思うよ。それじゃあ、また、後で」


 さて。帰ったら、何をしようか。

 父としての仕事は一つ終わって、夫としてすべきことも、ほとんど片づけてしまった気がする。

 かといって、男として何かを求めるほど、強い欲求はなくなってしまった。

 それでも、僕の生は続いていく。



 ◇  ◇  ◇



 震える指は、それでも覚えている番号を無意識のうちに押していた。

 呼び出し音が10を越えたところで、かちり、と音声データが再生された。

 聴きなれた声。録音のせいか、どこかぎこちない、彼女の声が響く。

 あの日からずっと変わっていない、若々しい彼女の声。

 データは劣化して、随分とひび割れてしまったけれど。電話の向こうの彼女は、我が子よりも若い声ではにかんでいる。

 

『――ごめんなさい。今手が離せなくて電話にでられないみたいです。ご伝言があれば電子音のあとに録音しておいてくださいね』


 無機質な電子音が響く。


「僕です。明日、手術です。もしかすると、うまくいかないかもしれないそうです。マコトとハルカが見舞いに来てくれました。ハルカの成人式くらいは見たかったのですが、こればかりは仕方ないね」


 そこまで喋っただけで、息があがる。

 胸を押え、僕は、絞り出すように言葉を続ける。


「君が声を残してくれたおかげで、僕は父親をやり通せたよ。いい置き土産をもらった。ありがとう」


 そして、細くなった指で、通話を止める。

 一番伝えたいことは、口にしなかった。

 照れもある。空しさもある。だけど何より、この言葉を伝えるのに、録音では悪いと思ったから。

 明日か、数年後か、向こうで彼女に出会えたら、直接話すことにしよう。

 なに。もう四十年以上、待たせているのだ。

 今さら数年間くらい、どうということはないだろう。


 いなくなった彼女の声を思い出しながら、僕は電話の電源を切った。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ