表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

お題『風邪っぴき』

 

 

 意識がかすむ。

 もともと私は寝起きがいい方ではない。

 だが、ちょっと今日はいつもとだるさのレベルが違っていた。

 具体的には、短距離走と障害物競走くらいの違い。

 いつもはひたすらだるさとげっそりとしたやる気のなさがまぶたを押しているのが、今日は、それに加えて、靄のかかったような意識の白さと思考速度の低下、手足の重さが全身を包み込んでいる。

 ……あー、やっちまいましたよ。

 こりゃ風邪だ。絶対風邪だ。

 布団が重くて跳ね除ける力すら出てこない。


 風邪っ引きあるあるその1。

 なんとなくだるくて何もやる気にならない。


 しばらくぼんやりしていたが、手を伸ばして携帯電話の時計を確認する。

 あー……、こりゃ遅刻確定。っていうか、そもそも起きられねー……。

 意識が明確になると同時、全身のだるさと、喉の痛みが体の異常を告げてくる。

 唾を飲み込んで、傷口に水をかけられたような痛みに顔が歪んだ。

 係長に電話をかけて、最低限の言葉を伝える。使っていなかった代休を使わせてもらうことで話をつける。1分フラットで交渉完了。締切りを全部昨日片付けといたのがよかったのか、それとも昨日無理したせいで今日こんなことになってしまったのか……。

 まあいいや。

 これで今日の方針は確定。ゆっくり休んで、体力快復のターンなのだ。

 ……とりあえずご飯にしようっと。

 あれ。これ、もう賞味期限ヤバイじゃないの。……っておーい、こっちはぶっちぎってるー!?

 もう。いつもは会社とアパートの往復でほとんど寝るだけだからなあ……。

 うう。しんどいけど、これ捨てないとまずいよね……。


 風邪引きあるあるその2。

 寝なきゃと思うのに、なんかしょうもないことが気になって熱中してあっという間に時間が過ぎてる。


 ……やっちゃった。

 気がつけば、台所の流し下&冷蔵庫の整理をしていたら、お昼休みがうきうきウォッチを始めていた。

 うおおおおお、朝ごはんも食べてないし! 薬も飲んでないし! 何やってるんだ私!

 私はいつもこうなのだ。長期的な計画とか立てずに目の前のことにかかりきりで、気がつくと大事なことがおろそかになっていたりする。

 実家にいたころは親のサポートでなんとかなった部分もあったが、一人暮らしになってからは色んなことを取りこぼしっぱなし。

 ああもう。しんじゃえ自分。いや、実際しにたくないけど。それくらい落ち込む。


 風邪引きあるあるその3。

 昔の失敗とか思い出してへこむ。


 テレビを消して、布団にもぐりこむ。

 実家にいたころは、風邪で寝ていても、親や兄弟の足音、息遣いがあって、それがうるさかったけど、なんとなく安心したものだった。

 静かだ。


 風邪引きあるあるその4。

 漠然とすっごく寂しくなる。


 メールを送ろうとして、指が止まる。

 知人は大抵日中仕事をしている。

 メールなら迷惑にはならないだろうが、返事が返ってくるのは昼休みか夜だろう。

 なんだか、世界の流れから切り離されて、取り残されてしまったような感覚。

 SNSに一言「風邪引いた」と書き込み、携帯電話と瞳を閉じた。


 小さい頃から、風邪っぴきだった。

 扁桃腺が大きくて、ちょっとしたことで風邪や熱が出た。

 看病してくれた親、後日ノートを見せてくれた同級生、プリントをとっておいてくれたクラス委員。

 その度に、色々な人に迷惑をかけて、そんな自分が嫌で、学生時代に一生懸命に体を鍛えた。

 笑ってしまうような、迷信めいた色んな健康法も試したりした。

 風邪を引かないこと。それが、小さな頃の私にとっての「独り立ち」だったのだ。

 なんて幼い思い込み。

 ……でも。多分、それは真理も突いていた気がする。

 一人で生きようと思ったら、体をきちんと整えられるようにならないと。

 病は気から、と人は言う。

 気持ちが弱れば体も弱り、病になるということだ。

 けれど、逆も多いにあると思う。

 家族に囲まれていたときには気づかなかった。一人暮らしになって気がついた。

 気は病から。体が弱れば気持ちも弱り、心細くなっていく。

 一人で寝ていると、普段目を逸らしていた自分の弱さとか、問題とか、そういうものに自然と目が向いてしまうから。


 風邪引きあるあるその6。

 コンビニは神様。


 目が覚めた。

 時計を見ればもう夕方。存在感を主張するように、お腹がぐるると音を立てた。

 冷蔵庫は空っぽ。すく食べられそうなものはない。徒歩2分のコンビニのお世話になることにしよう。栄養ドリンクとカップ味噌汁。あとはおむすびあたりは喉を通るだろうか。

 体がほんの少しだけ軽い。ふわふわと不安定だが、朝のような不快感はずいぶんと減っていた。

 湿った布団を立てかけて除湿機を起動。ジャージの上から着られるだけの服を着込んで、マスクをつけて外へ出る。

 私は弱くて、生きることも下手っぴで、こうやって自分の体もうまく制御できないけど。

 それでも、バランスを崩した自分を、一人でなんとかできるくらいには、大人になった。

 親の看病がなくても。ノートを写してくれる同級生がいなくても。プリントをとっておいてくれるクラス委員がいなくても。

 一人で生きて、一人で暮らす。一人で病んで、一人で快復する。

 普段は気づかない、意識しない、誇れもしない、そんな小さな成長。

 鼻水を全力でかんでゴミ箱にぽい。ドアを開ける。

 火照った頬に、外の風が心地よい。

 さあ、明日のために、温かいものでも買いに出かけよう。 


 風邪引きあるあるその7。

 それでも、なおらない風邪なんてない。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ