3章11話『響く旋律広がる戦慄(前編)』
蒼く透明なガラスの中、これまた蒼く透明な光がアルタイルの身体を包み込んだ。
転送装置の修理も無事完了し、次の護り手『耐ストレス力』との戦闘へと赴いている。
光がだんだんと弱くなっていくに連れて周りの様子が見え始めた。背面には革で作られた椅子が数え切れないほど置いてあり、左右には赤黒いカーテン、そして中心には大きなパイプオルガンの鍵盤を叩く護り手の姿があった。奏でられたドビュッシーの「月の光」が音楽ホール全体に響き渡る。
そして護り手はゆっくりと立ち上がり、振り向きざまにこう言った。
「……………殺す」
護り手は剣を抜き、それをアルタイル達の方に向けて突き出す。そして一瞬後退し、飛ぶように走り出した。
「さぁ、絶望を始めよう」
タクトの声と共にレイナは護り手に立ち向かうように走り出す。向かってくる剣をヒラリとかわし護り手の頭の上を軽々と飛び越していったレイナの向かった先は、先程のパイプオルガンだった。
レイナはパイプオルガンの目の前に来ると、小さな金属製のハンマーを取り出した。そのハンマーを持った両手を大きく後ろに下げ、そして勢い良くパイプを叩いた。
ギィイィイィイイィィイィインンンン!!!
耳を引きちぎらんとばかりに鳴り響く騒音。誰もが耳を塞いだ。そう、護り手でさえもだ。
護り手は反射的に剣を捨てて突然のノイズに耳を塞いだ。何が言いたいかと言うと、護り手は耳を塞いでいる、つまり、両手を耳に持っていっている完全に無防備な状態なのだ。
ちなみにだが、シュルバだけは耳栓をしているため先程の騒音を前にしても一切動じていない。何が言いたいかと言うと、シュルバだけは自由に動ける、つまり、無防備な護り手に対してボウガンを撃つこともできるのだ。
「よっ………と」
シュルバはボウガンを構えトリガーを引いた。放たれた矢は護り手の首に見事に命中し、護り手からはかつてない程の量の血が流れた。問題はその後だ。
首に矢が刺さっているにも関わらず、護り手は涼しい顔をしている。それどころか、もはや矢が刺さっている事に気づいているのかすらも怪しくなってきた。それほどまでに動じていない。
「あ〜………『耐ストレス力』ってやっぱりそういうことか」
シュルバの隣で、タクトが目を半分くらい開けて顎に手を当て頷いている。
「どういうこと?説明して」
「あぁ。これは僕の推論だけど、あの護り手は恐らく『痛みを感じない』んだよ」
「痛みを…………感じない………………」
「まぁあっちが痛みを感じないだろうってのは2日前からわかってたよ。今までもそうやって作戦立てて来たからね」
護り手は数分後、やっと首元に刺さる矢に気がついた。そして何の躊躇いもなく矢を首から抜くと、それを右手に持って肩を上げた。
そして護り手は矢をタクトに向かって投げた。
普通、矢を手で投げただけでは人に刺さるほどの威力はない。そのために弓を使って速度と威力を上げているのだから。しかしそこは護り手。通常の矢より少し速くすら感じる速度で矢を投げ返してきた。
幸い、その矢はタクトには命中しなかった。タクトには。
「がはっ…………」
シュルバは矢の刺さった腹を抑えながら口から血を吐いて倒れた。シュルバの身体はビクビクと痙攣を起こし、いくらか吐血を繰り返した。あまりにも突然の出来事にタクトは、冷たい目で護り手を睨み、自分にしか聞こえないほどの小声で呟いた。
「やってくれるね…………」
タクトはナイフを取り出しニタァ〜っと笑った。そしてフラフラと護り手の方へ近づく。護り手はタクトの放つただならぬオーラを察知し身を隠すように剣を構える。
コツ、コツ、コツ。
足音が静かに響いている。
ピッ、ピッ、ピッ。
機械音が静寂を切り裂く。
ピーーーーーーーーーーーー。
警告音がホールを包む。
ガァアァアアァアアンンンン!
爆発音が護り手を切り裂いた。
護り手は痛みを感じていないため何が起きたかわからなかった。しかし、護り手の目は剣をしっかりと握った自分の右手首がひんやりとした床に落ちているのを認識した。
「大丈夫?ケガ、ない?」
「あぁ…………なんともない……………」
「悪いね、爆弾を護り手の手首に貼り付けるなんて言う危険な仕事させちゃって」
タクトはレイナにそう言うと同時に、護り手に作戦を説明することで護り手の怒りと絶望を煽っていた。
護り手は見事にその煽りに乗ってしまい、ピキピキと頭に血管を浮かべた。それを見たルカが震えながら怖がっているのがなんとも可愛らしい。
「タクト、こちらの準備は完了した」
アルトがオルガンの前で手を上げて頷いている。
「アリスも準備おっけーだよ!」
アリスも飛び跳ねながら手を大きく振ってアピールしている。タクトはまた、ニタァ〜っと笑った。
「よし、始めるか」
タクトはそう言うと、小さめのスピーカーをリュックから取り出しスマホと繋ぐ。そしてある程度操作すると、高い女性の声が流れた。
キミならなんでもできるんだっ♪不可能なんて言葉はない♪ヒロインになりきって♪頑張っちゃうもん♪
タクトが流したのはとある新人声優のデビュー曲だ。一体こんなことして何になるんだ、と思うかも知れないがこれが護り手には非常によく効いている。
護り手は先程にも増して頭に血管を浮かべ、今にもくも膜下出血でも起こしそうだ。どうやら趣のある音楽ホールでアニメ声の曲を流すのが気にいらないようだ。それを見てタクトはニヤニヤしながら更に音量を上げる。
そして遂に護り手は怒りのあまりスピーカーに向かって走り出した。体重が軽く感じるほど速く走る護り手はタクトを殴ろうと爆破された方と反対の拳を構える。
しかし、そちらの腕も既に後ろに置いてきてしまっているようだ。
護り手の肩には腕がついていなかった。鮮血が飛び散っている断面をただただ見つめているしかなかった。もうスピーカーなんてどうでもいい。それよりも何故自分の腕は消えているのか、それを考えるのに必死だった。
護り手が後ろを振り返ると、2本の腕が遠方に転がっておりその周りでアリスがチョークを持ってうろうろしているのが見えた。しかし、振り返ったはいいものの、結局腕が切れた直接の原因はわからない。護り手はとりあえず、恐る恐る自分の腕に近づいてみる事にした。そしてついに、それに気がついた。
護り手は空中にうっすらと輝く細長い透明な糸を見つけた。よく見ると少し血がついているため、それが護り手の腕を斬った物で間違いはないはずだ。そしてその糸の正体にも、心当たりがある。
「いやさ、音楽ホールらしくピアノ線使ってやったんだから感謝の1つや2つして欲しいくらいだよ」
タクトはゆっくりと背後から歩み寄ってきた。
アリスは一通りチョークで地面に絵を書くと、その周りに油を撒き始めた。そして腕の落ちている、絵の中心に立ちマッチに火をつけて投げ捨てる。すると、油をつたって一気にアリスは火で囲まれた。
「たまには魔法とか呪文とか、非科学的な事をしてみてもいいよね?」
タクトは燃え上がる魔法陣を見て言った。
「これはアリスの国家に伝わる魔術の一種なんだ。一定量の生物の肉と魔法陣、その周りに火をつけて中心に魔力の備わった生贄を配置すると………」
そこまで言うと、魔法陣の中からかなりの大きさがある双頭の魔物が現れた。
「召喚魔法・ケルベロスの獄炎」




