2章12話『仮面(中編)』
天からゆっくりと地上に近づいてくる白い光はかぐや姫の家を包み込み、あたかも太陽のように都を照らす。
「3人とも、準備はいいな?」
タクトはマイクに向かって語りかける。
それぞれ異なる女性の声がタクトのヘッドホンに届いた所で、タクトは今一度声を上げた。
「作戦開始」
その声と共にアルトはPCのEnterキーを強く弾く。同時にかぐや姫の家には大量の侍が現れた。
「ファントム配置完了。これよりAI:killer01を起動する」
アルトは素早くキーボードを叩く。
しばらくして画面に映し出されたNow loadingの文字が消え、代わりに赤く大きな『起動完了』の文字が映し出された頃には、100人にも登る侍達は一斉に光に向かって刀を抜いていた。
AI:killer01。
水面下で開発を進めていたファントムの行動システムプラグインであるAIシリーズの一作目となるkiller01は、最高管理室側のPCで攻撃対象を指定すると一斉に対象に向かって攻撃を繰り出すと言う攻撃重視の行動システムである。
もちろん、AIが搭載されているのであからさまな攻撃はきちんと避ける事が出来るし、ある程度引き際も分かる。
攻撃にしか目が無いと言う訳ではないあたり、タクトとシュルバのプログラミング力が見受けられる。
さて、ここでタクトの作戦の一部を発表しよう。
タクトは作戦会議の時、アルタイル達にこう伝えていた。
「アリスとシュルバとレイナ、戦場にはこの3人だけで無く大量のファントムを仕向ける。このメンバーで月の使者を返り討ちにし、月の使者の乗り物を奪って月に行く作戦だ」
「これで少しは時間を稼げるだろ」
アルトはふうっとため息をつく。
が、タクトは未だ真剣な表情を浮かべている。
「いや、そう簡単にはいかないかも知れないな」
月からの使者はかぐや姫を連れ帰るために手を伸ばす。それをファントム達が必死に守り、隙あらば使者達に攻撃を仕掛けていく。
まるでハリウッド映画の様なアクション劇だった。
が、映画は予測出来ない方向に進んでいく。
月の使者とファントムとの交戦中にそれは起きた。足元に亡骸が転がりながらも、ファントムの怒涛の攻撃を何とか耐え続ける使者達だったが、突然、彼らは杖を空にかざした。
杖は月の光を頂点に集め、その光は頂点のクリスタルによって地上一面に広がった。
眩い程の光がやっと止んだかと思うと、今度は別の問題が発生した。
今まであんなに血の気が多かったファントム達がいきなりその場に膝から崩れ落ちてしまったのだ。
「これは……………」
この事態には、流石のタクトですら困惑してしまった。一体今の一瞬で何が起きたと言うのだろうか。
アルトは驚きつつもファントムの管理ウィンドウを開く。ウィンドウには「Error」と赤く大きく書かれており、事態が深刻な物である事を示していた。
「なるほど…………流石、月の使者ってだけあるね」
「何?どういう意味だ」
「アイツら、今の光でkiller01のシステムをダメにしやがった………」
タクトは手を口に置き、考えるポーズをとる。
「今の一瞬でkiller01が全て破壊されただと!!?」
アルトはタクトの方を振り向いて汗をダラダラと流しながら叫ぶ。
「そんな事…………ありえるのか!?」
さっきの一瞬はアルトが珍しく取り乱してしまう程、あまりに呆気ない一瞬だった。
「僕だって、信じられないよ。確かにあの光だけでkiller01が全て破壊されたのもおかしいと思うけど…………」
「そもそもなんで月の使者達はあの侍がファントム、つまりAIだとわかったんだ?」
アルトはハッとする。
確かにこの時代にAIなんて物が存在するはずは無い。ならば、なおさら理解できない。
いくら月の使者とはいえ、目の前の敵が完璧に人間そっくりな人工知能だなんて気付ける訳が無い。なのに月の使者は狙ったかのように光を振り撒き、ファントムをただの人形にしてしまった。
その理由がタクトには分からなかった。
その為、今ここにはいない相棒の力を借りる事にした。
「こんな時の為のシュルバだ」
タクトは急いでシュルバと連絡をとる。
シュルバは家の隅に隠れており、枯れ葉をかき集めて次の作戦の準備をしていた。
「シュルバ、月の使者を見てみてくれるか?」
タクトからそう伝えられたシュルバは用心しながら壁の向こう側を覗き込む。
神々しくも見える月の使者の正体にシュルバはどうやら気付いた様だ。
「アイツら、月の使者なんかじゃない。多分だけど…………」
「ペルセウス」
シュルバからの連絡を聞いたタクトはなるほどと何度か頷く。
どうやらペルセウスはファントムの存在に気づいているようで、プラグインに関しても解析されてしまっていると言われても、ペルセウスなら不自然には感じない。
「真の敵はペルセウスだったか…………まぁ予想の範囲内だ」
タクトは今度はマイクを掴み、司令を出す。
「作戦を第二段階へ突入させる。すぐに準備に取り掛かれ」
現場の3人は少し躊躇いながらも準備を始めた。
さて、さっき説明したタクトの作戦だがあれはまだ第一段階に過ぎない。タクトは第一段階の作戦が失敗した時のことを考えて第二段階目の作戦を考案していた。
月の使者はかぐや姫を探している。
外からガタガタバタバタと聞こえる中、かぐや姫は押し入れの底の隠し部屋で震えていた。
「それにしても非道な作戦を考えるもんだよ全く…………」
アルトは背中を仰け反らせながらそう呟く。
タクトは既に真っ黒い笑顔を浮かべており、アルトの声は聞こえていないようだった。
「フフフッ♪さぁ始めよっか♪」
シュルバも同じ様にサイコパスモードに入っている。
探偵時代のシュルバも暴いた犯人は一人残らず殺害していく非情さを持っており、それは例えずっと自分を支えてくれていた助手でさえ例外では無かった。
シュルバは両手に鉄の缶を持っている。
同じものをシュルバとアリスとレイナはリュックに詰めて何十本も持ち込んでいた。その缶には三角の黄色の中に赤いビックリマークが書かれたステッカーが貼られていた。
ガラララッ。
ペルセウスの数名が扉を開ける。小さく狭い4帖の部屋の中にはペルセウスが3人ほどと、押し入れの隠し部屋にかぐや姫が隠れていた。
「僕が合図を出したら缶を投げ込め」
タクトはマイクに通して現場の3人に指示を出す。
アリス、シュルバ、そしてレイナは既に定位置に着いており、いつでも司令に対応出来る状態だった。
ペルセウスは押し入れの方へ向かう。
押し入れの扉を手荒く開けたペルセウスは中の荷物を退け始めた。その荷物達の奥に、かぐや姫の隠れる隠し部屋の入り口がある。
かぐや姫は今にも泣き出しそうになりながら頭を抱えている。
ペルセウスがほとんど荷物を退け終えた頃だ。
「放て」
タクトの低い声と共に、3人は缶を部屋の中に投げ込んだ。
缶は小さくポコンッと破裂し、プシューと中から気体が溢れだす。
タクトの作戦の第二段階。
「もし、第一段階が失敗したら月の使者を部屋の中に引き寄せる。そこで3人同時に毒ガスを部屋に充満させて月の使者を殺害しようと考えている」




