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インナーヒットマン  作者: 太田
第5章 真実と雛

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第79話 奥の手

 丸ノコが、ギィ……ギィィ……という音を立てていた。


 刃は欠け、回転は安定を失っている。セッカの握る腕も、もはや感覚が薄れつつあった。


 怪物が、ゆっくりと立ち上がる。再生を終えた巨体が軋み、首を鳴らすようにして正面を向いた。


 一歩、踏み出す。


ズン……!


 床が沈み、振動が空間を揺らす。距離は一瞬で詰まった。


 その時、セッカは小さく笑った。


「……奥の手を使うしかないッスね」


 丸ノコのスイッチを、五回、立て続けに叩き込む。安全域を超え、回転数は限界へと引き上げられた。


ギャァァァァン!!


 悲鳴のような金属音。刃が震え、軸が耐え切れずに唸りを上げる。


 怪物が拳を振り上げる──その瞬間。


「……いけ」


 セッカは回転方向に合わせ、丸ノコ本体を叩きつけるように振り抜いた。


バギィィィンッ!!


 破断音。


 同時に、丸ノコの刃が弾丸のように射出される。


 空気を裂く音は、刃が到達した後に追いついた。一直線に伸びる軌道。狙いは、怪物の首。


ズガァァァッ!!


 肉と骨と筋をまとめて断ち切る鈍い衝撃。刃は喉元に深々と突き刺さり、その内部で停止した。


ギャアァァァ!


 怪物が、壁を爪で引き裂くような不快な叫びを上げる。


 セッカは背中から替え刃を取り出しながら、淡々と呟いた。


「……まぁ、折れかけじゃ、これくらいッスか」


 丸ノコに新たな刃を装着する。


 怪物は倒れない。激昂し、なおもセッカへ向かって突進する。


 刃に触れぬよう、腕を前に突き出し、筋肉を極限まで硬直させて。


「……それじゃ、刺さらないッスね」


 距離が消える。


「ッ!」


 次の瞬間、怪物の拳が振り抜かれた。


 セッカは咄嗟に丸ノコを前へ突き出し、ガードする。


 激突。


 衝撃で粉塵が舞い、視界が白く染まった。


 セッカは床に倒れ込む。怪物は、その姿を見下ろしていた。


――絶体絶命。


 だが、セッカは笑っていた。


 彼の手にあった丸ノコには、()()()()()()()()()()


 怪物が殴りかかった瞬間、


 投げ放たれていた丸ノコの刃が壁を跳ね、


 死角から怪物の首を貫いていたのだ。


 刃はそのまま、背後のコンクリート壁に深々と突き刺さる。


 血肉が繋がろうとしても、神経も、骨も、完全に断たれている。


 頭部が床に落ちた。


ゴトン。


 鈍い音が、空間に残った。


 怪物は膝をつく。


 ゆっくりだが、再生は始まっていた。


 しかし、セッカは、その隙を見逃すはずもなく。


「切り刻みタイム〜☆」


 軽い声とは裏腹に、動きに迷いはない。刃を交換し、スイッチを入れる。


ギィイイイイイィィン!


 甲高い駆動音が響き渡り、セッカは楽しげに怪物を解体していった。


 肉が裂け、骨が砕ける。


 やがて、そこに“怪物”と呼べる形は残らなかった。


 セッカは保管庫を出る。


「いや〜、疲れたッス!」


 息を整えながら、何千分の一にまで分解された残骸を一瞥する。


 静まり返った保管庫。勝利を告げる音は、すでに失われていた。


 セッカは、階段までやってくる。


 ドアを開けると


「ありゃりゃ」


 砕け散ったコンクリート。ぐちゃぐちゃに潰れた肉片が辺りを埋め尽くしている。


「何があったんスかね?」


 セッカは上を覗き込む。広がるのは、底知れぬ暗闇。


「上に行けば、分かるッスかね?」


 丸ノコを床に置き、近くに倒れていた自らが殺した兵士の死体を担ぎ上ぼる。


 そのままエレベータールームへ向かい、兵士の手を認証装置に触れさせた。


 低い音と共に、扉が開く。


 セッカは死体と共にエレベーターに乗り込む。


ゴーン……。


 モーター音が響く中、彼はB2のボタンを押した。エレベーターは、静かに上昇を始めた。

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