第75話 協力
なんとか階段まで辿り着いた。息が荒く、足が重い。
ノアちゃんをそっと降ろす。彼女は壁に寄りかかったまま、放心状態であった。
僕は面を外し、彼女の顔を覗き込む。
「ノアちゃん……大丈夫?」
しばらく沈黙が続いたあと、ノアちゃんは、ぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。
「インナーヒットマンはね……オリジナルの能力者の“子どもの死体”から作られるんだって」
胸の奥が、きしむ。
「……それがどういう意味か、分かってる?」
僕は何も言えなかった。
「インナーヒットマンには……わたしの兄妹が入ってるの。それも知らずに、わたしだけ……のうのうと生きて……」
今にも泣き出しそうな顔だった。僕は、その目を真っ直ぐに見つめる。
「ノアちゃんは、悪くないよ.....」
「……」
沈黙が続いた。
やがて、僕は静かに問いかけた。
「……ノアちゃん。ママに会いたい?」
彼女は、小さく頷いた。
「……力を貸してくれる?」
一瞬の間のあと、はっきりと。
「…………うん」
その手を握り、ゆっくりと階段を上る。今できることを考える。
今できることを考えて、全力でやる。
考えて、考えて──結論は一つだった。
星を見つける。それが、インナーヒットマンとセラさんに辿り着く唯一の鍵。
やけに1階までの階段が異様に長く感じた。
一階に着き、壁に背を預ける。そこで、ふと気づく。
店長から渡されたデバイス。
「……もしかして」
淡い期待を抱きながら起動すると、画面に星の位置情報が映し出された。
この扉の、すぐ先。
───星の位置情報がデバイスに載ってるんだったら教えてよ…。
心の中で毒づきながら、再び面をつける。
「ノアちゃん……」
彼女が顔を上げる。僕は着ていたコートを脱ぎ、ノアちゃんにかけた。
「行ってくる」
彼女は黙って頷いた。
僕は、扉を一気に蹴開け、なかへ突入した。
長い廊下。無数の兵士。
全員、防弾ヘルメットとマスク。狙えるのは、目元だけ。
「……ヤバ」
そう思った瞬間、全身に銃弾が叩き込まれた。
防弾スーツ越しでも分かる。骨が砕けるような衝撃。
歯を食いしばり、引き金を引く。
一人。また一人。
目元を撃ち抜き、倒していく。
だが敵の弾丸の一発が僕の喉元をかすった。
鋭い痛み。血が溢れ、視界が揺らぐ。
敵は、まだ十数人。
更に弾丸の一つが面に当たった。衝撃が脳に走り、面に大きなヒビが入った。
僕は、その場に膝をつく。
銃声が、遠い。
それでも、最後の力を振り絞って銃を構えた。
その瞬間
全員の動きが、止まった。
僕は、その隙に引き金を引き続ける。
次々と、全員の目元を撃ち抜く。なのに倒れない。
兵士たちは、まるで“固定”された人形のように立ち尽くしていた。
5秒ほど経っただろうか。
突然、全員が電池切れの機械のように崩れ落ちた。
廊下は、一瞬で血の海になった。
ゆっくり後ろを振り向く。
息を切らしながら、ノアちゃんが立っていた。
その場に、俺は崩れ落ちた。
「大丈夫?」
ノアちゃんが駆け寄ってくる。
僕は、かすれた声で言う。
「ごめん……ノアちゃん。能力、使わせちゃって……」
「……いいのよ」
僕は、ふらつきながら立ち上がる。
「本当に大丈夫? その……血……」
喉元から血が滴っていた。
「大丈夫。それより、早くママを探そう」
朦朧とする意識の中、デバイスを開く。星は、この先の曲がり角。
足元に転がる兵士の死体。
ポーチから覗く手榴弾を見つけ、念のため拝借する。
ポケットに入れたところで、ノアちゃんがコートを差し出した。
「返すわ。歩きにくいもの」
「ありがとう」
コートを着直し、曲がり角の壁に背を預ける。銃に弾を込める。
深呼吸。
───星を捕まえる。絶対に。
僕は、銃を構えた。
そこには────誰も、いなかった。




