第74話 能ある鷹はなんとやら
白い廊下の奥で、二人の影がぶつかり合った。鳴り響く警報とともに、ドバトは地面を蹴る。
ラジンは、にやりと笑うと、両腕を広げて横に振る。見えない圧力が空気を歪ませた。
「──ッ!」
危険を感じたドバトは、瞬時に後方へ跳ぶ。だが、その直後、凄まじい衝撃波が襲い、身体ごと横へ吹き飛ばされた。
床を滑りながら、どうにか受け身を取って立ち上がる。
(コイツの能力が発動する時、必ず“腕を振る”動作が入ってる……癖か、意図的なフェイントかどっちかな?)
ドバトは、腰のホルダーからナイフを抜き、無造作に投げた。
ラジンが軽く腕を払う。次の瞬間、まるで透明な掌に叩き落とされたように、ナイフは床を転がった。
だがそれこそが、狙いだった。
ラジンが腕を振った瞬間、ドバトはすでに間合いを詰めていた。銀の閃光が走る。刀身がラジンの肩を斜めに裂き、血が飛び散る。
「くッ!」
呻きながら、ラジンが再び腕を振る。
ドバトは、即座に下がった。壁に反射した衝撃波が背後を掠める。
肩を押さえながら、ラジンがドバトを睨みつける。
「ん〜。早く初くんを助けに行かなきゃだから死んでくれないと困るよ〜」
とドバトの半笑いの声が響いた。
「はっ、笑わせんなボケ」
ラジンは、ポケットから小さな球体を取り出し、床に叩きつけた。乾いた音とともに、濃い煙が一帯を包み込む。
(煙幕……逃げる気かな?)
警戒しつつ耳を澄ませる。だが、足音が聞こえない。
「ッ!」
次の瞬間、凄まじい衝撃が全身を襲った。透明な拳に殴り飛ばされたように、ドバトは転がる。床を擦りながら、何とか体勢を立て直す。
(……足音がしなかった。消音靴かな?)
ドバトは、息を整え、目を閉じる。五感のすべてを研ぎ澄ませる。
(気配を……読む)
その頃、ラジンはサーマルゴーグルを装着していた。視界には、熱源として浮かび上がるドバトの輪郭。ゆっくりと間合いを詰めていく。
(これで終いや)
腕が高く上がる。その瞬間、ドバトの身体が音を立てて動いた。
「ッ!」
予測不能の突進。ラジンが腕を振るが、遅い。銀閃が走り、ラジンの胸から腹へと斜めに裂かれた。
鮮血が煙の中に弧を描く。
「……なんで分かったんや」
ラジンの声が掠れる。
ドバトは、薄く笑って答えた。
「……感、かな?」
煙が徐々に晴れていく。露わになったラジンの身体は、血に染まっていた。膝をつき、項垂れる。
「もう、アカンわ……」
ドバトは刀を下げたまま、ゆっくりと近づく。
ラジンは両手を合わせ、震える声で懇願した。
「頼む……堪忍や。許してくれ……!」
その言葉を信じたわけではない。だが、ドバトは歩みを止めずに問いかける。
「星はどこにいる?」
その瞬間。
合掌した両手。
だが、わずかに中指の隙間が開いている。そこに圧が生まれる。
「さぁな!」
音もなく、空気が弾けた。凄まじい速度の空気の塊が放たれ、ドバトの胸を貫いた。
「──ッ!」
血が舞う。ドバトの身体が後方へよろめく。胸に穴が開き、息が漏れた。
ラジンは、唇を歪めて呟く。
「これで……イーブンやな」
冷たい廊下に、血の滴る音だけが残った。




