第73話 最悪の真実
セッカは、筒の中身をまじまじと見つめた。そこに浮かんでいる臓器は、どれも不自然なほど小さい。
大人のものではない。一目で分かった。
急いでデバイスを開きドバトに電話をする。
『どうしたの?何かあった?』
「ヤバいっす。B4の奥に、大量の子供の臓器がホルマリン漬けで保管されてるッス!」
その報告を聞いた瞬間、空気が凍りついた。僕らは一斉に研究員へと視線を向ける。
背筋を、冷たいものが這い上がる。
店長は一歩踏み込み、無言の圧をかけた。
「お前達は、どうやって“インナーヒットマン”を作っているんだ」
研究員は、不適に笑う。
「能力者にはな、三つの種類がある」
「三つ……?」
「一つ目は、インナーヒットマンを注射され、適合して能力を得た者」
ニトラやラジンの顔が、脳裏をよぎる。
「二つ目は、適合できず、化け物になった者」
不死身の怪物たちの姿が、嫌でも思い出された。
「そして三つ目。元々、特殊な遺伝子を持って生まれた“オリジナル”だ」
研究員の視線が、ノアちゃんへと向く。
「そこにいる“スペア”が、それだ」
何故か冷や汗が止まらなかった。ノアちゃんを見ると、呼吸が浅く、肩が小刻みに揺れている。
僕は、思わず口を挟んだ。
「……セラさんも、そうなのか?」
研究員の目が、ぎらりと光る。
「ほう。“母体”のことを知っているのか?」
僕は、銃を構えた。
「答えろ。“インナーヒットマン”は、どうやって作られている」
研究員は、あっさりと言った。
「オリジナル能力者の“子供の死体”から採取した脊髄液が原料だ」
空気が、音を立てて割れた。
引き金に指がかかる。
ドガッ!
店長に蹴り飛ばされた。思わず店長の方を見る。
「落ち着きな?」
低く、鋭い声で店長は、言った。
研究員は、心底楽しそうに笑っていた。
「それよりよ、あんたの仲間。今、B4にいるだろ?」
「……何が言いたい」
「気をつけたほうがいいぜ?」
店長は即座にデバイスを取り出す。
「セッカくん、聞こえる!?」
『────』
返事はない。
研究員は、肩をすくめた。
「大変だなぁ」
店長の刃が、喉元に迫る。
「B4に、何がいる?」
「さぁ〜ねぇ」
僕は、思わず言った。
「……セッカさんは……」
店長は、一瞬だけこちらを見た。
「大丈夫。あの子は、そう簡単に死ぬほどやわじゃない」
再び研究員に向き直る。
「インナーヒットマンは、今どこにある」
「さぁ?星所長が基本全部管理して───
バンッ!
破裂音。研究員の頭が弾け飛んだ。
振り返る。
ロン毛の男──ラジンが、銃を構えて立っていた。
「はぁ……ほんま、よう暴れてくれたわ」
店長が一気に距離を詰める。ラジンは拳を突き出した。
嫌な予感がして、僕はノアちゃんの前に立つ。
次の瞬間、全身を衝撃が貫いた。トラックに撥ねられたような衝撃。
吹き飛ばされ、机の上の物が派手に散乱する。
全身が痛い。
「……ノアちゃん……大丈夫?」
「……」
返事はない。彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
ラジンが、目を見開く。
「え!?何でノアがここにおるね───」
その言葉を遮るように、店長の刀が唸る。ラジンは紙一重でかわした。
「初くん! ノアちゃんを連れて行って!」
「はい!」
走り出した瞬間。
「させるか、アホ!」
衝撃波のような力が廊下を走り、身体が転がる。それでも、必死にノアちゃんを抱きしめ、守った。
身体は、もう限界だった。
ラジンが腕を振り上げた、その瞬間。
シュッ!
投げナイフが飛ぶ。
「危な!」
廊下で向き合う、店長とラジン。僕は、ノアちゃんを抱えたまま、その背中を見た。
「薬の回収、頼んだよ〜!」
「……はい!」
僕は、走った。
白い廊下。鳴り止まないアラーム。
ラジンと、ドバトが向かい合う。
「ええんか? あの男、そこまで強ないやろ」
「大丈夫」
ドバトは、静かに言った。
「なんでや?」
「……感、かな」
二人が構える。警報音が、戦いの合図のように鳴り響く。
戦いの火蓋は、確かに切って落とされた。




