第72話 お得ッス
襲いかかってくるモルモットたち。セッカは一歩も退かず、電動丸ノコを構えた。
ギュイイイイイーン
甲高い駆動音と同時に刃が唸り、最前列の個体を横薙ぎに断ち切る。血が噴き上がり、白かった廊下は一瞬で赤に染まった。肉塊が床に転がり、数体が崩れ落ちる
「あら?」
倒れたはずの身体が、蠢いた。
裂けた肉が盛り上がり、砕けた骨が音もなく繋がっていく。ほんの数秒で、傷は完全に塞がっていた。
「あ~。これがスズメさんとかが言ってたやつッスね。」
セッカの口元が歪む。
人のものとは思えない、極悪人めいた笑みが浮かんだ。
「いくらでも切り刻んでいいと思えば、お得ッスね!」
ギュイイイイイーン!
再び刃が唸る。
一体の化け物が、両腕を大きく振り上げて飛びかかってきた。
セッカは迷いなく刃を横に払う。
ギャッ!
金属を引っかくような悲鳴。
丸ノコは胸部を縦に裂き、肉も骨もまとめて削り落とす。
化け物は宙で一回転し、そのまま床に叩きつけられ、動かなくなった。
次いで、左右の壁から二体が這い出すように迫る。
セッカはあえて後退し、刃を突き出した。
回転刃が一体の頭蓋を削り取り、火花が白い壁に散る。
もう一体は壁づたいに逃れようとしたが、脚を払われて転倒する。
セッカは間髪入れず、胸元に刃を押し当てた。
ギャアァァァ!!!
不快な絶叫が廊下に響く。
奥の角から、四体がまとまって現れる。
四肢を折り畳み、転がるように迫る姿は、虫の群れそのものだった。
セッカは丸ノコを胸元に構え、モーター音をさらに高く唸らせて突進する。
一体目の胴を貫通した。
刃はそのまま二体目の肩口へ食い込み、狭い廊下で激しく跳ねる。
腕に鈍い痛みが走るが、セッカは止めない。
三体目は天井へ逃げようとしたが、刃が脚を奪い、落下した瞬間に一気に切断された。
最後の一体は異様にしぶとく、背後からセッカに飛び乗る。
丸ノコを回す余裕はない。
セッカは壁に体を叩きつけた。
骨の折れる音。
その一瞬の隙に刃を押し当てる。
ギャリギャリッ!
肉と骨を削る音が廊下に響き、化け物は、倒れ込む。
セッカは、ふと背後を振り返った。
床に散らばっていたはずの肉片が、ゆっくりと蠢いている。
引き裂かれた四肢が引き寄せ合い、断面同士が不気味に接合し始めていた。
「……おっと」
縫い合わされるように、切り刻まれた身体が再び“形”を取り戻そうとする。
セッカは肩をすくめ、丸ノコを構え直した。
「まだまだいくッスよ!」
ギュイイイイイーン!
再び、駆動音が廊下を切り裂く。
セッカは躊躇なく踏み込み、蠢く化け物たちをさらに細かく切断していく。
腕、胴、首、形を保つ前に、徹底的に削り落とす。
切り刻むたび、再生の速度は明らかに鈍っていった。
肉は繋がりきらず、骨は途中で止まり、やがて動きそのものが途切れる。
最後の一片が、微かに痙攣したあと
完全に、動かなくなった。
床に残ったのは、もはや“生き物”と呼べない残骸だけだった。
セッカは丸ノコのスイッチを切り、静まり返った廊下を見下ろす。
「……うん。これで大丈夫そうッスね」
血と肉に塗れた空間で、彼の声だけが、妙に軽く響いていた。
肉片、血、臓器が無造作に散乱し、かつて清潔だった白い廊下は赤黒く塗り潰されていた。
「ふ〜。疲れたッスね〜。」
ピチャッ、ピチャッ。
血の水たまりを踏む音だけが、空間に響く。
独房を流し見すると、そこには自分が手を下していない、既にぐちゃぐちゃになった死体がいくつも転がっていた。
(来る前に、化け物同士で争ってたんスかね……)
さらに奥へ進むと、またしても重厚な鉄の扉が現れた。
セッカは迷わず丸ノコを当てる。
ギュイイイイイーン!
火花が散り、鉄扉は悲鳴を上げるように倒れ込んだ。
中にはエレベーター。
左手には、鉄製のドアがもう一つ。
上部には、簡素に『保管庫』と書かれていた。
「あ……」
セッカは、丸ノコの回転音がわずかに鈍っていることに気づいた。
刃を見ると、鉄のドアを切断した影響で、歯先が潰れ、使い物にならなくなっている。
「やっぱ鉄は良くないッスね〜」
悪びれもせず呟きながら、セッカは慣れた手つきで丸ノコの刃を外した。
カチャンッ
と金属音がして、死んだ刃が床に落ちる。
背中に手を回し、固定してあった予備の刃を引き抜く。
刃を差し込み、しっかりと固定する。
「よし!」
最後に軽く回して確認し、満足そうに頷いた。
再び、丸ノコを構える。
ギュイイイイイーン!
丸ノコで扉を切り落とす。
その先は、広大な空間だった。
天井は高く、金属の梁が格子状に交差し、冷たい蛍光灯の光が均等に降り注いでいる。
床はコンクリートと金属パネルが混ざり合い、放置されたケーブルや試験台、透明な観察窓が点在していた。
消毒液と熱が混じった空気。
時間が止まったような、異様な静けさ。
中央や周囲には、巨大な筒がいくつも並んでいる。
中は液体で満たされ、その中に“何か”が浮かんでいた。
セッカは、一つに近づく。
「……え」
思わず、言葉を失う。
筒の中にあったのは、ホルマリン漬けにされた、小さな臓器だった。




