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インナーヒットマン  作者: 太田
第5章 真実と雛

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第72話 お得ッス

 襲いかかってくるモルモットたち。セッカは一歩も退かず、電動丸ノコを構えた。


ギュイイイイイーン


 甲高い駆動音と同時に刃が唸り、最前列の個体を横薙ぎに断ち切る。血が噴き上がり、白かった廊下は一瞬で赤に染まった。肉塊が床に転がり、数体が崩れ落ちる


「あら?」


倒れたはずの身体が、蠢いた。

裂けた肉が盛り上がり、砕けた骨が音もなく繋がっていく。ほんの数秒で、傷は完全に塞がっていた。


「あ~。これがスズメさんとかが言ってたやつッスね。」


セッカの口元が歪む。

人のものとは思えない、極悪人めいた笑みが浮かんだ。


「いくらでも切り刻んでいいと思えば、お得ッスね!」


ギュイイイイイーン!


再び刃が唸る。


一体の化け物が、両腕を大きく振り上げて飛びかかってきた。

セッカは迷いなく刃を横に払う。  


ギャッ!


金属を引っかくような悲鳴。


丸ノコは胸部を縦に裂き、肉も骨もまとめて削り落とす。


化け物は宙で一回転し、そのまま床に叩きつけられ、動かなくなった。


次いで、左右の壁から二体が這い出すように迫る。


セッカはあえて後退し、刃を突き出した。

回転刃が一体の頭蓋を削り取り、火花が白い壁に散る。


もう一体は壁づたいに逃れようとしたが、脚を払われて転倒する。

セッカは間髪入れず、胸元に刃を押し当てた。


ギャアァァァ!!!


不快な絶叫が廊下に響く。


奥の角から、四体がまとまって現れる。

四肢を折り畳み、転がるように迫る姿は、虫の群れそのものだった。


セッカは丸ノコを胸元に構え、モーター音をさらに高く唸らせて突進する。


一体目の胴を貫通した。


刃はそのまま二体目の肩口へ食い込み、狭い廊下で激しく跳ねる。


腕に鈍い痛みが走るが、セッカは止めない。


三体目は天井へ逃げようとしたが、刃が脚を奪い、落下した瞬間に一気に切断された。


最後の一体は異様にしぶとく、背後からセッカに飛び乗る。


丸ノコを回す余裕はない。


セッカは壁に体を叩きつけた。


骨の折れる音。


その一瞬の隙に刃を押し当てる。


ギャリギャリッ!


肉と骨を削る音が廊下に響き、化け物は、倒れ込む。


セッカは、ふと背後を振り返った。


床に散らばっていたはずの肉片が、ゆっくりと蠢いている。


引き裂かれた四肢が引き寄せ合い、断面同士が不気味に接合し始めていた。


「……おっと」


縫い合わされるように、切り刻まれた身体が再び“形”を取り戻そうとする。


セッカは肩をすくめ、丸ノコを構え直した。


「まだまだいくッスよ!」


ギュイイイイイーン!


再び、駆動音が廊下を切り裂く。


セッカは躊躇なく踏み込み、蠢く化け物たちをさらに細かく切断していく。


腕、胴、首、形を保つ前に、徹底的に削り落とす。


切り刻むたび、再生の速度は明らかに鈍っていった。


肉は繋がりきらず、骨は途中で止まり、やがて動きそのものが途切れる。


最後の一片が、微かに痙攣したあと


完全に、動かなくなった。


床に残ったのは、もはや“生き物”と呼べない残骸だけだった。


セッカは丸ノコのスイッチを切り、静まり返った廊下を見下ろす。


「……うん。これで大丈夫そうッスね」


血と肉に塗れた空間で、彼の声だけが、妙に軽く響いていた。


肉片、血、臓器が無造作に散乱し、かつて清潔だった白い廊下は赤黒く塗り潰されていた。


「ふ〜。疲れたッスね〜。」


ピチャッ、ピチャッ。


血の水たまりを踏む音だけが、空間に響く。


独房を流し見すると、そこには自分が手を下していない、既にぐちゃぐちゃになった死体がいくつも転がっていた。


(来る前に、化け物同士で争ってたんスかね……)


さらに奥へ進むと、またしても重厚な鉄の扉が現れた。


セッカは迷わず丸ノコを当てる。


ギュイイイイイーン!


火花が散り、鉄扉は悲鳴を上げるように倒れ込んだ。


中にはエレベーター。

左手には、鉄製のドアがもう一つ。


上部には、簡素に『保管庫』と書かれていた。


「あ……」


セッカは、丸ノコの回転音がわずかに鈍っていることに気づいた。


刃を見ると、鉄のドアを切断した影響で、歯先が潰れ、使い物にならなくなっている。


「やっぱ鉄は良くないッスね〜」


悪びれもせず呟きながら、セッカは慣れた手つきで丸ノコの刃を外した。


カチャンッ


と金属音がして、死んだ刃が床に落ちる。


背中に手を回し、固定してあった予備の刃を引き抜く。


刃を差し込み、しっかりと固定する。


「よし!」


最後に軽く回して確認し、満足そうに頷いた。


再び、丸ノコを構える。


ギュイイイイイーン!


丸ノコで扉を切り落とす。


その先は、広大な空間だった。


天井は高く、金属の梁が格子状に交差し、冷たい蛍光灯の光が均等に降り注いでいる。


床はコンクリートと金属パネルが混ざり合い、放置されたケーブルや試験台、透明な観察窓が点在していた。


消毒液と熱が混じった空気。


時間が止まったような、異様な静けさ。


中央や周囲には、巨大な筒がいくつも並んでいる。


中は液体で満たされ、その中に“何か”が浮かんでいた。


セッカは、一つに近づく。


「……え」


思わず、言葉を失う。


筒の中にあったのは、ホルマリン漬けにされた、小さな臓器だった。

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