第71話 まるまるノコノコ
「な、何なんだ……お前たち……!」
研究員は後ずさりながら、怯えた目でこちらを見た。その視線がノアちゃんに移った瞬間、驚くような顔をする。
「な、なんでスペアがこんな所に…!?」
店長は無言で一歩踏み出し、刀の刃先を研究員の喉元へ滑り込ませた。
「ひッ……!」
喉がひきつったような悲鳴が漏れる。
「君さ〜。どうして、こんな所にいるの〜?」
軽い調子とは裏腹に、刃はぴくりとも揺れない。
「……ど、どうしても業務を終わらせたくて……」
震える視線の先、机の上には起動したままのノートパソコンが置かれていた。未保存のデータが画面にびっしりと並んでいる。
「ふ〜ん」
店長は、さらに一歩距離を詰めた。
「少し聞きたいことがあるんだけど〜。お話いいかなぁ〜?」
研究員は涙目になり、何度も頷く。
「は…はい…。」
「まず、“インナーヒットマン”って一体何なの?」
その言葉に、研究員の肩が跳ねた。
「な、なんで……その名前を……」
「いいから答えて?」
刃が、わずかに皮膚に触れる。
「……インナーヒットマンは、所長たち研究チームが開発した薬だ。特殊な遺伝子を体内に注射することで、超人的な能力を得られる。適合しなければ……化け物になり、適合すれば……能力を得る」
星もこの話をしていた。
『この薬で、私は神を作る』
その言葉が、頭の中で何度も反響する。店長が、言葉を発する。
「ふ〜ん。その“特殊な遺伝子”は、どうやって手に入れてるの?」
「それは───」
ピッピッピッ!
腰元から、電子音が鳴り響く。店長は片手でデバイスを取り出す。
「どうしたの?何かあった?」
スピーカーから、切迫した声が漏れた。
『ヤバいっす!B4の奥に───』
時は、セッカがB4へ向かった直後に遡る。セッカは、B4フロアの分厚い扉の前に立っていた。
「ここッスね!」
軽く気合を入れ、ノブに手を伸ばした瞬間
バンッ!
銃弾が扉をかすめる。
「む〜。危ないッスね〜」
セッカは苦笑しながら、入口に袋を置き、そのまま中へ滑り込んだ。
内部は、無機質で広い空間だった。奥には、ひときわ重厚な鉄の扉が鎮座している。
敵兵は三名。間隔を空け、すでに銃口をこちらへ向けていた。
銃声が連続して響く。
セッカはコートを前に掲げ、弾丸を受け止めながら距離を詰める。防弾素材が、鈍い音を立てて衝撃を吸収した。
バンッ!
一発が兵士の腹部を貫く。
兵士が呻く間もなく、セッカは背後に回り込み、その身体を盾代わりに引き寄せた。
銃撃が一瞬止んだ、
弾切れになるまで、残る二人に射撃を浴びせる。胸と腹に命中し、兵士たちは次々と床に崩れ落ちた。
セッカはその場を制圧すると、リロードしながら倒れた兵士たちを見下ろす。
「可哀想なんで、トドメ刺してあげるッス!」
淡々と告げ、近づいて一人ずつ、頭部に銃弾を撃ち込んだ。
静寂が戻る。
「はぁ〜……なかなか、銃うまくならないッスね〜」
ため息を吐き、視線を鉄の扉へ向ける。
扉の前に立つと、奥から言いようのない禍々しさが滲み出ているのを感じた。
セッカは、入り口に置いた袋を持ってくる。
「いや〜。これ持ってきて正解ッス。やっぱ、これがないとッスよね」
取り出したのは、大きな持ち手のついた電動丸ノコだった。
予備の刃を背中に固定する。
準備が完了し、鉄の扉のノブを引く。
が──開かない。
鍵が必要なようであった。
「ん〜。鍵、持ってるッスかね?」
兵士の腰を探ると、鍵束が見つかった。
「お!やった〜!」
鍵を一本ずつ試す。
カチリ、と手応え。
「じゃあ、行きますッス!」
鍵を回した瞬間、鉄扉が開く。
中は、独房が続く廊下。
解き放たれた実験動物たちが、一斉に呻き声を上げ、セッカへと殺到する。
「わぁ〜。凄いお出迎えッスね〜」
ギィイイイイイィィン!
電動丸ノコの轟音が、B4フロアに響き渡った。
セッカは、そのまま駆け出した。




