第66話 あ…
「僕たちの目的は──インナーヒットマン、だっけ? それを手に入れること」
店長は珍しく真剣な声で続ける。
「多分、その薬のありかを知ってるのは、この研究所の所長・星文雄。だから、まずは星を見つけて薬の場所を吐かせる。それが最優先」
ふざけた調子を完全に封じた眼差しに、部屋の空気が少しだけ締まった。
「この研究所は地上1階から地下4階までの五層構造。星はどこかにいるはず。みんなには手分けして探してもらいたい。……できればノアちゃんのママも見つけようね」
店長がノアちゃんへやわらかく笑いかけると、ノアちゃんは小さくうなずいた。
「確認できてるのはB3とB2だけ。だから──B4はセッカくん、B1はスズメちゃん。1階は僕と初くん、それにノアちゃんで行こう」
全員が短くうなずき、覚悟を決めるように呼吸を整えた。
「ただね〜、さっき僕がちょっと暴れちゃったから、警備は多分め〜っちゃ厳しくなってると思うの。ま、正面突破で行こうか〜」
「……ん??」
スズメさんとセッカさんが同時に眉を寄せる。
「あんた暴れたの?」
「うん!」
店長が無邪気に笑った瞬間──。
バチィッ!
「いった〜い!」
スズメさんの拳が店長の顔面に直撃し、店長の体が後ろへ大きく吹き飛ぶ。
ノアちゃんが小さく身を縮めた。
「ばっっかじゃないの!? 余計なことしてくれたわね!!」
「まぁまぁ……スズメさん、落ち着いて……」
セッカさんが慌ててなだめる。
店長は床に転がったまま呻き、しかし数秒後にはケロッと立ち上がり、壁に立てかけてあったアタッシュケースを拾い上げた。
「もう起きちゃったことはしょうがないじゃ〜ん。はい、みんな着替えて〜」
店長が順にアタッシュケースを手渡す。セッカさんは、アタッシュケースの他に少し大きな袋を受け取っていた。
カチリと留め金を外すと──スーツ、革靴、銃、手袋、靴下、ナイフ、そしてオナガの面。いつもの一式が揃っていた。
全員が急ぎ着替えに取りかかる。
──スズメさんも……ここで着替えるのかな?
つい視線がそちらへ向かった瞬間。
「見てんじゃないわよ!!」
鋭いナイフが飛んできて僕の頬をかすめ、ひやりとした痛みが走る。
───目をつぶって着替えよう。
僕は慌てて目をつぶり、感覚だけで着替えた。案外何とかなるものだ。
目を開けると、もう全員が身支度を整えていた。
僕はネクタイをポケットから出して首に当てる。
「ちょっと」
スズメさんが手のひらを前に出してくる。
「ネクタイ」
「あ……はい」
渡すと、彼女は流れるような手つきで結び、きゅっと締める。
「す、すみません……ありがとうございます」
顔を上げると、スズメさんの瞳がまっすぐに僕を射抜いた。
「……死ぬんじゃないわよ」
「……はい」
全員の準備が整う。
最後に手袋をつけ、僕はノアちゃんの前にしゃがみ込んだ。
「ママは絶対に僕が見つける。ノアちゃんは、僕が守る。……だから大丈夫」
慣れない笑顔を向けると、少女は小さく頷いた。
「何かあったらデバイスで連絡してね〜」
店長が小さな通信デバイスを配る。
「じゃ、出発するよ〜」
全員がオナガの面をつける。
店長が監視室のドアへ手をかけ──
「そういえば、この奥の部屋って何があるんですか?」
「ん〜?奥は電気室──」
店長が片手で廊下を指した瞬間。
そこに立っていた。
影の薄いの男──ニトラ。
「「「あ」」」
ニトラは表情一つ変えず、滑らかな動きでトランシーバーを取り出す。
「…侵入者地下2階で発見しました」
研究所全体にアラート音が鳴り響く。
──なんでこうなるの……。




