第65話 再開
店長が先に廊下をのぞき込み、警備兵の影がないことを確かめてから、僕らはそっと進みだした。
曲がり角をいくつも抜け、ようやくエレベーター前のホールへ戻ってくる。
しかし店長は、右手の扉──実験室エリアへ続く扉へ入っていった。
「エレベーターは、使わないんですか?」
問いかけると、店長は振り返りもせずに答えた。
「んー、あれ生体認証じゃないと開かないの。僕らは使えなんだ〜」
言われてみれば、実験室に連れていかれたとき、警備兵がボタン上の空間に手をかざしていたのを思い出した。
「この先に階段があるから、そっち使って上に行くよ〜」
店長の背中を追いながら、敵と遭遇しないよう祈りつつ、奥へ奥へと進む。
突き当たりに重たい鉄製の扉があった。店長が押し開けると、コンクリートむき出しの折り返し階段が、上下へ深く沈んでいた。
店長は上階へ向かう。僕も、足音を立てないよう一段ずつ慎重に踏みしめた。
やがて、壁に大きく “B2” と記された踊り場へたどり着く。店長がドアをそっと開け、目で周囲を探る。
「……いいよ〜」
その声に続いて僕も中へ入った。
白い無機質な廊下が伸び、その先は右へ折れている。右手にはぽつんと扉が一つ。上には、はっきりと「監視室」と書かれていた。
店長は確認もせず、気負いもなくその扉を押し開けて入っていく。
「えっ…」
思わず声が漏れる。敵が潜んでいたらどうするつもりなんだろう──。
しかし店長は気に留める様子もなく、僕は慌てて後を追った。
中は壁一面にモニターが並び、各フロアの映像がひっきりなしに切り替わっている。無数の照明に反射して、目がチカチカした。
「ッ!」
室内の隅に、警備兵が縛られた状態で転がっていた。そのすぐ横で、店長と誰かが話している。
見覚えのある顔だった。
「あ! 初めさん、お久しぶりッス!!」
警備服を着たセッカさんとスズメさんがいた。
「こ、こんにちは……」
声が妙に弱々しくなる。
「……あんた、生きてたのね」
スズメさんが僕を見つめる。その表情はどこか嬉しそうでもあった。
「誰をおんぶしてるんスか?」
セッカさんが僕の背中──ノアちゃんへ視線を向ける。
「あ、この子は……僕の知り合いのお子さんで、今保護してるんです」
「なるほどッス! 」
久しぶりに聞くセッカさんの明るさに、少しだけ気が緩んだ。
ふと気づけばノアちゃんの反応がない。
「ノアちゃん?」
背中に首をひねる。
すー……すー……。
小さな寝息が耳に触れた。
「ノアちゃ〜ん?」
そっと揺さぶると、
「へ?」
ノアちゃんが目をこすりながら起きた。そっと床に降ろすと、眠そうな顔はどこかセラさんに似ている。
ノアちゃんはスズメさんたちをじっと見て、不思議そうに首を傾げた。
「貴方達……だれ?」
「この人たちは僕の仕事仲間だよ」
僕は説明する。
「こっちがスズメさんで、こっちがセッカさん」
「そ……私はノア。よろしくね」
「よろしくッス!」
軽く頭を下げるセッカさんに対し、スズメさんは怪訝な顔を向けた。
「……あんた何者? こんなところにいるガキが、普通ってわけじゃないでしょ」
ノアちゃんは、口元だけで笑った。
「ええ、そうね。私は普通じゃないわ」
そして真剣な目を向ける。
「私は、ここで生まれたモルモットだもの」
「モルモット?」
「ええ……インナーヒットマンを作るためのね」
「……インナーヒットマンって?」
「あの化け物になる薬です」
「……ダサい名前ね」
スズメさんの呟きに、ノアちゃんは肩をすくめた。
「私は、ママとここを出たいだけなの」
「……そう」
短い沈黙が落ちる。
その空気を破るように、店長がぱんっと手を叩いた。
「じゃあ、自己紹介も終わったことだし──作戦会議をしよっか〜」
その声が、やけに明るく監視室に響いた。




