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インナーヒットマン  作者: 太田
第5章 真実と雛

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第64話 殺しちゃダメです

 少女は、まるでこちらの呼吸まで数えているかのように、微動だにせず僕らを見つめていた。


「貴方たち……ここの人間じゃなさそうね」


 その一言に、空気が少しだけ張りつめる。


「お嬢ちゃん…どうしてこんな所にいるの〜?」


 店長は、いつもの飄々とした笑みを崩さずに尋ねた。


「私はここに住んでるの。──まあ、“監禁されてる”って言った方が正しいけど」


 少女はまた視線をページに落とし、難しそうな本をぱらぱらとめくった。そして、ゆっくりと本を閉じる。


 パタン。


「お願いがあるの」


「なぁに〜?」


 少女の瞳が僕らを射抜く。年齢に似つかわしくない、鋭く、訴えかける眼差しだった。


「……ママに会わせて」


 その言葉には、揺るぎない決意が宿っていた。


「ママ?ここにいるの〜?」


「ええ。この研究所に」


「研究員〜?」


「いいえ。……モルモットよ」


 胸の奥がひやりと冷えた。


「ん〜。ママの名前は〜?」


「ママの名前は────セラ」


「は?えっ?んッ?」


思わず声が裏返った。


───この子、セラさんの子供ッ??え?どういう?


 僕の動揺を見て、少女は静かに言った。


「貴方、ママを知ってるのね」


「う、うん……」


「じゃあ連れてって」


 少女はすっと立ち上がった。その身体は、喋り方に反して驚くほど小さかった。


「……君、何歳?」


「七歳よ」


「ななっ!?」


───僕より年下だと思ってたけど、セラさんって何歳???


 僕は、小声で店長に言う。


「…店長どうします?」


「まぁ連れて行けばいいんじゃない〜?こんなとこに監禁されてたんだし、重要人物かもよ〜?薬の手がかりにもなるかもしれないしね〜」


 僕は少女に向き直る。


「名前は?」


「ノア」


「ノアちゃん。よろしく。僕は田中初。で、こっちが──」


「ドバトで〜す」


「……案内してくれるのね?」


「もちろん」


 ノアちゃんを先頭に、僕たちは子供部屋を後にした。


 資料室は、先ほどよりも冷気がこもっているようだった。


 ドアノブに触れた瞬間、店長が僕の襟をつかんだ。


「待って」


 次の瞬間──


パンっ!


 火花のような破裂音。銃弾が目の前をかすめ、壁の奥へ消えた。


 僕と店長は壁に身を伏せる。


「最低でも八人はいるね〜」


 店長は、隙間からナイフを差し込み、反射で敵影を数えたらしい。


「まぁ、血痕放置してたし、そりゃあバレるよねぇ〜」


「出てこい!!」


 怒号が響く。状況は最悪だった。


「ノアちゃん、隠れて──」


 振り返る。


 しかし、そこにノアちゃんの姿はなかった。


「ノアちゃん……?」


「あ」


 店長の声に、僕も外を見る。


 ノアちゃんが、堂々と廊下へ出ていた。


「打ち方やめ!!!スペアに当たる!!」


 警備兵が慌てて叫ぶ。


 僕らもノアちゃんに続いて外に出た。


 警備兵たちは驚き混じりの表情で固まる。ノアちゃんは淡々と告げた。


「わたし…ここから出る事にするわ」


 それを聞くと警備兵達は、銃を肩にかけ、ナイフを取り出す。


「スペアには、絶対危害を加えるな。後ろにいる侵入者を殺せ!!!」


 警備兵達がナイフを持って突撃してくる。


 店長は素手のまま前に出た。


「店長!子供が見てるんで殺しちゃ駄目ですよ!」


「え〜…」


 店長は困ったように笑った。


 刃の光。兵士が突進する。店長の身体が半歩ずれた。


ゴッ!


 肘が顎を砕き、兵士が宙を舞う。


 二人目が斜め上から振り下ろす。店長は手首をつかんだまま壁に叩きつける。


 金属音とともにナイフが落ちる。


 次の二人は同時だった。店長は滑り込み、肩で一人を跳ね上げ、もう一人の刺突を腕で弾き、逆関節へと誘導した。


 悲鳴。膝つき。顎への蹴り。


 次々と崩れ落ちていく兵士。


 最後の三人が突っ込んでくる。店長は壁を蹴り、影のように背後へ回り込んだ。


 後頭部、膝裏、鳩尾。一息で決着がつく。


「終わり〜」


 店長はあくびまでしていた。


 僕もノアちゃんも呆然とするしかなかった。


「貴方達強いのね…」


「いや、あの人が異常なだけだよ…」


「じゃぁ、縛っちゃうか〜」


 店長は倒れた兵士たちを縄でまとめる。


「じゃ、行くよ〜」


 そのときだった。


「待てぇ!!」


 振り返ると、指を失った兵士が銃を構えていた。


「あ〜、縛ってなかった〜」


 男は引き金を引く。


 ダダダダダッ!!


 弾丸の嵐。僕は咄嗟にノアちゃんの盾になった。


 痛みを覚悟して目を閉じる──が、何も起きない。


 恐る恐る目を開ける。


 弾丸が、空中で止まっていた。


 全員が言葉を失った。


 店長はその隙にナイフを投げる。


ゴッ!


 持ち手の部分がとんでもない速度で頭に当たった。


 倒れる兵士。


 僕と店長は、ノアちゃんの方を見る。


「……今の、君の能力?」


「うん……」


 ノアちゃんはその場にぺたりと座り込んだ。


「大丈夫!?」


「ええ……ただ、すごく疲れるの」


 息を切らしながら言うと、ぽつりと一言。


「……おんぶして」


 その声は、年相応の幼さを含んでいた。


「分かったよ」


 僕はノアちゃんを背負う。小さな腕がぎゅっと僕の首に回された。


 店長は周囲を確認しながら歩き出す。僕は少女を背に乗せ、静かに後に続いた。

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