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インナーヒットマン  作者: 太田
第5章 真実と雛

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第63話 少女

 銃を肩にかけ、僕は店長の背中を追って歩いた。


 廊下を曲がったところで、警備兵が一人、こちらへ向かってくる。すれ違う一瞬、心臓の鼓動が耳を打つほど大きく響いた。


───落ち着け……。平常心だ…。


 通り過ぎる警備兵、僕は、少し深く呼吸をした。



 僕たちはエレベーターの前に辿り着く。店長は何も言わないまま左側の扉に足を向けた。ガラスの扉が自動で開き、冷たい空気が肌を撫でる。


 白い廊下がまっすぐ伸び、その突き当たりに鉄製の扉がひとつだけぽつんと立っていた。扉の上には、 “記録室”と書かれていた。


 そこに立っていた警備兵が僕らに気づき、鋭い目を向ける。


「お前ら、ここに何の用だ」


 店長はにっこりと笑った。


「所長から、ここにある記録を取ってこいって言われまして〜」


「……そうか」


 警備兵の視線が揺れた瞬間、彼は銃を握りしめた。


「ここは研究員以外立ち入り禁止だ」


 引き金に指がかかった──次の瞬間だった。


 店長の腕が、閃光のように警備兵の懐へ滑り込む。


 何かが落ちる乾いた音。床には、人差し指が転がっていた。


「……っ!」


 千切れた指から血が噴き、警備兵は反射的に手を押さえる。その顎に、店長のフックがめり込んだ。


 鈍い衝撃音と共に、警備兵はその場に崩れ落ちた。あまりに滑らかな動きに、体が冷えるような恐怖が走った。


 店長は倒れた警備兵の腰から鍵を抜き取り、慣れた手つきで扉を開ける。記録室は図書館のように棚が整然と並び、膨大な資料がずらりと収められていた。


「……初くん、その人、中に運んどいて〜」


「は、はい……」


 血で重くなった制服をつかみ、警備兵の体を引きずり、棚に立てかけた。可哀想だったので足元に指を置いてあげた。


 店長は資料をめくりながら深いため息をつく。


「薬の情報を探すよ〜」


「はい」


 棚には「実験について①」などと書かれたファイルが無数にあった。開くと、投薬実験の量、薬を注射して変異させた後の耐久実験、薬品の調合過程……そんなものばかり。


 投薬実験をうたっては、いるがただの拷問だ。


 独房にいた人たちの顔が、脳裏に浮かぶ。


 ファイルをめくっていると、一枚の紙がひらりと落ちた。拾い上げ、文面を読む。


―――――――――

〈インナーヒットマン計画二十周年記念文〉



インナーヒットマン計画は、本年で二十年の節目を迎える。


この長き歳月のあいだ、私は確信を深めてきた。

本計画こそが、人類──いや、この星に生きるすべての生物を、次なる段階へと導く唯一の道であると。

進化の果てに到達する世界、それは争いの火種すら存在しない静謐なる平和の世界だ。

私は、その実現のために生涯を捧げている。


しかし、この道程は決して清廉なものではなかった。

幾人もの子供たちが、未来のために名も残さぬ犠牲となった。

彼らの痛み、恐怖、そして沈黙を、私は忘れない。

忘れてはならない。

その重みを背負い続けることこそ、計画を率いる者の義務なのだ。


故に──私は、この計画を必ず成功させる。

たとえどれほどの苦悩が待ち受けようとも。

たとえ世界が理解を拒もうとも。


これは悲願であり、贖いであり、宿命である。


2021年3月1日  星 文雄

―――――――――


 書かれていた署名は 星 文雄。2021年の日付。今は2025年……ということは、この計画は24年前から続いている。


──そんな昔から……?


 しかも「幾人もの子供が犠牲になった」だなんて


 嫌な汗が背中を流れた。


ガタッ。


 突然の物音に、肩が跳ね上がる。音のした方を見ると、異様に分厚い扉が壁にめり込むように設置されていた。


「なにこれ〜?」


 店長がひょいっと後ろから顔を出す。扉にはデジタルロック、1〜9までの数字が整然と並んでいた。


「中に薬があるんですかね……?」


「ん〜。適当に押してみよ〜」


 店長がボタンを押すたびに、ブーッという拒否音が鳴り響く。


「暗証番号みたいなの見てない〜?」


「いや……」


 さっきの文書が脳裏をかすめる。


───インナーヒットマンが開発され始めたのって今から24年前だから…2001年だよな……?


 とりあえず、僕は「2001」と入力した。


ピーッ。


 扉のロックが外れる軽い音が響いた。


「やるじゃん〜!」


 店長が嬉しそうに笑う。僕は銃を構え、ゆっくりと扉を開けた。


 金属がきしむ鈍い音。


 その先に広がったのは――


 カラフルな壁紙。箱いっぱいのおもちゃ。研究施設の無機質さとは正反対の “子供部屋” のような空間。


 だが床には、散乱した本の山。不自然な静けさが漂っていた。


 部屋の中心で、小さな影が一冊の本を読んでいた。その子は、こちらに気づき、ゆっくりと顔を上げる。


「……誰?」


 薄い色の長い髪を持つ少女がそこにはいた。

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