第62話 発信機
店長は、僕の腕を縛っていた革ベルトを手際よく外してくれた。自由になった途端、堰を切ったように体が震える。
「うわ~ん店長ぉぉ!」
気づけば泣きついていた。
店長は半笑いのまま、僕の頭を軽くポンポン叩く。
「初くん、大丈夫〜?」
その声を聞くだけで、涙がさらに滲んだ。
「ど、どうしてここにいるんですかぁ〜」
ぐしゃぐしゃの声で尋ねると、店長はいつもの調子で笑った。
「薬の回収だよ〜」
「でも…どうしてここが?」
店長は、さらににこっと笑った。
「君、仕事行く前に僕が渡したキャラメル食べたでしょ?」
「はい」
六田を捕まえる前、車の中で店長にもらったキャラメル。やけに固くて、噛み砕けず飲み込んだのを覚えている。
「あれにね〜?発信器が入ってたんだよ〜」
「ッ!」
「それで、ここが分かったんだよぉ〜」
まさかキャラメルに発信器……確かに硬さはおかしいと思ったけど…。
「…じゃあ、イカルさんに見つかったのって…」
「いんや。それは、面についてる別の発信器」
「…」
自分に二つも発信器がついていた事実に、言葉が出なかった。
「店長…僕って殺されるんですか?」
恐る恐る問うと、店長は変わらない笑みで即答した。
「いいや?君は、殺されないよ。どんな形であれ、君のおかげで薬を作っている場所が特定できたからね〜」
全身から力が抜けた。どうやら、少なくとも『トリカゴ』には殺されずに済むらしい。
「じゃあ、君を回収する係が上の階にいるから行こう」
「…店長は、この後どうするんですか?」
「ん〜。僕は、薬を回収しに行くよ〜?」
その言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは──セラさんの顔だった。
「僕も行かせてください」
店長は、半笑いのまま、少しだけ目を細めた。
「んー。まぁ、良いけど……次は失敗しないでねぇ〜?」
「はい。」
白い部屋を出て、ボタンが並ぶ操作室に戻る。床には研究者と警備兵が倒れ伏していた。
「死んでるんですか?」
「いいや。眠ってもらってるだけ〜。早く着替えな〜?」
促され、僕は倒れている警備兵の服を剥ぎ取って着替えた。少し小さいけれど、文句を言っている暇はない。
その横で店長は、眠っている男たちをロープで丁寧に縛り上げ、まるで荷物でも積むかのように整列させていた。
「よし!じゃあ行くかぁ〜」
扉へ向かう店長の背中を見て、僕は思わず呼び止めた。
「店長!」
「ん?」
振り返った店長は、いつもの軽い表情だった。
「ありがとうございます…。“2回”も助けて頂いて…」
言い終えると、胸がじんと熱くなる。
「……何のこと〜?」
からかうように言いながら、さっさと歩き出す。
僕たちは第2研究室を後にした。




