第61話 実験
数日が過ぎた。
灰色の無味な固形物にも、そろそろ慣れはじめてしまっていた。けれど、何もしない時間は、精神をじわじわ侵食していく。気が狂いそうだった。
今日もベッドにトレーを置き淡々と口に運ぶ。
ガギィィ…!
突然、鉄格子が開く音がした。反射的に振り向く。
警備兵が数名。皆、帽子を深く被り、表情が見えない。
嫌な予感がした。
「立て」
冷たい声音。次の瞬間、左右から腕を掴まれる。
そして悟った。今日が、自分の順番なのだと。喉奥がひりつき、呼吸が浅くなる。想像したくもないその後が脳裏にチラつき、足が震えた。
独房から、初めて外へ出された。
白い廊下が、まっすぐ先へ延びている。
一歩、また一歩と歩くたび、裸足の足裏に冷たさが突き刺さった。
並ぶ独房。
僕の隣の部屋にも人がいた。床に張り付くように倒れ、ピクリとも動かない。
生きているのか、もう違うのか。その区別さえつかない。
笑顔でこちらを見る女。正座をし、壁の一点を見つめる男。無表情のまま僕を凝視する男。
空の独房もある。
そこにいたはずの人間が、もう“いない”理由を考えるまでもなかった。
警備兵の靴音と、僕の足音だけが廊下に響く。
鉄製の重い扉の前に着いた。兵士が鍵を取り出し、開ける。
ガギィィ…!
断頭台の前に立たされたような感覚だった。
扉の向こうにはエレベーター。ボタンは上しかない。ここが最下層、そう気づくのに時間はかからなかった。
ボタンの上のセンサーに手をかざすと、エレベーターが開き、僕たちは乗り込む。
エレベーターのモーター音が響く。エレベーターが開き上の階へと向かう。
パネルには、B5/B4/B3/B2/B1/1 の表示。
ここが地下だと知った。
B4でエレベーターは、止まりエレベーターが開く。
左右にはガラスのドア。
左のドアに向かった。
ドアは、自動で開き、また白い廊下が続いていた。
その奥に並ぶ鉄製の扉、三つ。
それぞれの上には、
第1実験室
第2実験室
第3実験室
と書かれている。
僕は第2実験室の前で足を止められた。
扉が開く。
中には、壁一面に並んだボタンとスイッチ類。
光沢のある金属機器が整然と並び、無機質な空気をより冷たくしている。
奥のガラス窓だけが、異様に大きかった。その先は真っ白い部屋。中央に、歯科医院の治療椅子を思わせるベッドがぽつりと置かれている。
白衣の痩せた男が、笑顔で歩み寄ってきた。
眼鏡の奥の目が、妙にギラギラしている。
「星さんに実験動物が一匹欲しいって言って良かったよ〜。さ、始めよう!」
背筋が、凍る。
白い部屋へ連れ込まれ、扉が閉まる。
「あ、あの……今から何をするですかッ?」
声が情けなく震えた。
「んーとね。今から100%化け物になるインナーヒットマンを注射して、どれぐらい痛みやダメージに耐えられるかを調べるの。大丈夫、注射すれば意識飛ぶから、苦しくないよ!」
と声がスピーカーを通して部屋全体に響いた。
抵抗しても無駄だった。あっという間にベッドへ押し倒され、手足と首に革ベルトが巻かれていく。逃げ場はどこにもない。
「じゃあ、注射するよ〜!」
声と同時に、天井から機械アームが伸び、先端に鋭い針が光った。
ギリ、ギリ……革ベルトの苦しげな音が響く。
「うわぁぁぁん!!!童貞で死にたくない〜!!!」
叫びながら目をつぶった。首元に針が触れた。
しかし────何も起きなかった。
「?」
恐る恐る目を開くと、針は首元ギリギリで止まっていた。アームが天井へと引っ込んでいく。
───何が……起きた?
ガチャッ。
扉の音。首をねじって見る。
「やっほ〜」
「ッ!!店長ぉぉ!!!」
警備兵の制服を着た店長が、そこに立っていた。




