第58話 どうしよう
「この薬で私は、神を作る」
その言葉は、妄想として笑い飛ばせる軽さなど微塵もなかった。星文雄の目は爛々と輝いていた。
「君はセラに気に入られているようだが……私は、実験動物のスペアと考えているよ。時がくれば、実験に使ってあげよう」
ぞっとするほど穏やかな声だった。
僕は乾いた笑いを漏らした。
「……冗談じゃねぇ」
星は肩をすくめた。
「話は終わりだ。あとは実験の日まで、おとなしく待っていなさい」
まるで昼食後の散歩に行くような足取りで、星は白い廊下へ消えていった。
僕はひとり残された。
「…」
コンクリートむき出しの寝台に横たわり、腕枕をしたまま天井を見上げた。どこまでも白い、何かを吸い込んでいくみたいな天井。
この先どうすればいいのだろう。
この密室には銃もナイフもない。スーツもない。武器らしいものは、僕自身すら含めて、なにもない。
『トリカゴ』も、『りうか』の人たちも、助けに来るとは思えなかった。
──実験台にされるのを、ただ待つだけなのか?
何もない空間で、思考はやがて濁った水のように動かなくなっていった。ぼんやりと鉄格子の方へ視線を向けたその瞬間。
「ッ……!」
武装した警備兵が、無言でこちらを見ていた。目が合った途端、心臓が跳ねる。
次の瞬間には、警備兵はもう視界から消えていた。
そっと鉄格子に近づく。触れただけでわかる。鉄は分厚く、銃弾など通しそうにない。ドアには取っ手がなく、ただ冷たい鍵穴だけがこちらを拒むように口を閉ざしていた。
下部には小さな扉のようなものがあり、そこにも鍵穴がある。食事を入れるためのものだろう。
鉄格子の隙間から外を覗くと、真っ白な廊下が横に延びている。黒い武装の警備兵が数人、巡回していた。
僕は再び寝台に戻り、横になる。
──考えても無駄だよなぁ〜。
次第に思考は薄れていき、瞼が重く沈んでいく。
そして僕は、白い密室の中でゆっくりと眠りに落ちた。




