第57話 インナーヒットマン
「ラジン、あっちに行ってなさい」
科学者が軽く手を振ると、ロン毛の男は、短く一礼した。
「失礼します」
足音を残して、彼は廊下の奥へと消えていった。白い部屋に残されたのは、僕と科学者の二人だけ。
科学者は、口を開いた。
「この研究所ではね、人間を“進化”させる研究をしているんだ」
「……人を、進化させる?」
「そうだとも」
星文雄は嬉しそうに頷いた。
「猿は進化して人間となり、生物の頂点に立った。では──人間がさらに進化したら?」
僕は答えられなかった。その先にあるものが、なんとなく嫌な形で想像できたからだ。
「神になるんだよ!」
突如として声が弾けた。笑ってもいないのに、目だけがぎらついている。圧に押され、思わず息が詰まった。
星はそのまま続けた。
「その研究の過程で生まれたのが……君が探している薬だ。あれは、人を“進化”させる薬なのだよ」
進化──身体が鋼鉄のように硬化した男。鉄を塵に変えた怪力の男。脳裏に、これまで戦った能力者たちの姿が次々と浮かぶ。
──あいつらは……薬で生まれた進化の産物だったってことか。
「しかしね、この薬には欠点がある」
星の声色がわずかに落ちる。
「適合しないと、理性のない化け物になる。……君も見たことがあるだろう?」
銃を浴びても再生する、あの異形。怒りと殺意だけを燃料に暴走する怪物。背中が冷たくなった。
「薬の効果で感情が増幅するんだ。もっとも強い感情──“怒り”にね。どれほど優しい男であっても、一
度化け物になれば誰彼構わず攻撃する」
六田組の本部で見た光景。怒り狂った化け物たちが、互いに殺意のままぶつかり合っていた。
星は、淡々と、むしろ喜々として言う。
「どんな人間でも心に怒り……いや、“殺意”を抱えている。普段は隠しているだけで、誰もが内側に……殺し屋を飼っているのだよ」
「……」
「だからこそ、僕はあの薬に名前をつけた」
「名前……?」
星は、まるで自分の作品を紹介するかのように胸を張った。
「そう。“インナーヒットマン”とね。」
「……」
──だせぇ…。
心の中で盛大に突っ込むしかなかった。




