第56話 科学者
僕は男に腕を差し出した。
「……お前ら、僕に薬を注射したのか?」
ロン毛の男は鼻で笑った。
「いや、してへんよ。ただの検査や」
「検査?」
「ああ。お前が変な病気持っとらへんかの検査や」
「失礼な」
口を尖らせて言うと、男は急に視線を鋭くした。
「……そんなことよりもや」
ガシャッ!
鉄格子の棒が大きく揺れ、乾いた金属音が部屋に響いた。ロン毛の男が格子に両手をかけ、こちらへ身を乗り出していた。
「お前…セラさんに気に入られたから言うて調子に乗んなや?」
「……。」
怒気が、空気を刺すように広がる。鉄格子越しでも、肌がひりつくほどの殺気だった。
「お前なんぞ、そこら辺で拾ってきた動物みたいなもんや。変なことしたら──殺したる」
低く、濁った声。その言葉には冗談も脅しもなく、事実だけがあった。
──やばい所に連れて来られたな……。
行く先々、どうしてこうもヤバい組織にぶつかるんだろう。呪われてるのか?敵意を刺激しないよう、できる限り弱々しい声音で尋ねる。
「あの……ここってどこなんですか…?」
ロン毛の男は露骨に舌打ちした。
「ここは研究所や」
「……何の研究所ですか?」
「それは───」
男が口を開きかけた、その瞬間。
「薬の研究所だよ」
第三者の声が、すぐ横から静かに割り込んだ。
ロン毛の男がさっと横に避ける。代わりに姿を現したのは、白衣をまとった初老の男だった。
白髪が目立ち、細く鋭い目つき。笑っていないのに、口元だけが上がっているように見える──キツネのような印象を与える男。
科学者という肩書きがこれほど似合う人間もいないだろう。
だが、なぜか。
その男の空気が、ひどく気に食わなかった。
「君が初くんだね?」
「……あなたは?」
初老の科学者は、わずかに口元を緩めた。
「僕がこの研究所の持ち主、星文雄だ。セラが世話になったようだね」
穏やかに名乗る声とは裏腹に、瞳の奥は氷のように冷たかった。




