第54話 お持ち帰り
セラさんが、まるで子どもが遊びを始めるみたいに無邪気な笑顔で、手を前へ突き出した。
次の瞬間
世界が、燃えた。
轟音と共に、視界は真っ赤に染まり、肌を刺すどころじゃない、存在そのものが焼けるような熱が押し寄せてくる。
「ぎぁぁぁぁ!!」
「熱い熱い熱いッ!!」
男たちの叫びが、炎に呑まれてねじ曲がる。
セラさんは、その地獄絵図を──まるで花火でも見ているみたいに、細めた目で楽しんでいた。
やがて炎が静まり、辺りに残ったのは、黒い油のように焦げた屍だけだった。セラさんは、何事もなかったかのようにニコニコしていた。
その直後
ゴッ!
「痛ッ!」
ロン毛の男が、セラさんの頭をはたいた。
「アホかお前!取引先殺してどないすんねん!」
セラさんは頭を押さえ、涙目で振り返る。
「だって…あの眼鏡の人…嫌いなタイプだったんでぇ…。」
「そうやってお前、大山組でも組員全員ぶち殺してんねんぞ、えぇ!?」
怒気で声が震えていた。
一方で、影の薄い男は、死んだ魚のような目で呟いた。
「……僕は、なんて報告すれば……。」
やがて、全員の視線が倒れている僕に向いた。
「それで、セラぁ…コイツどうする気なん?」
セラさんは、無邪気に満面の笑みを浮かべた。
「いやぁ~!どうしましょう!!」
その時、
ウーーンッ ウーーンッ──!
パトカーのサイレンが遠くから響いてきた。徐々に近づいてくる。
「やば、はよ離れなアカンなぁ。」
セラさんが手を挙げて言う。
「じゃあ! 初さんを連れて帰りましょう!!研究所へ!!」
ロン毛の男の顔が、一瞬でしかめっ面になった。
「はぁ!? ダメに決まっとるやろ!!」
サイレンはさらに近づき、もうすぐ目と鼻の先だ。
「え〜! だってもう薬のこと知られちゃいましたし〜?だったら連れてくしかなくないですかぁ〜?」
セラさんは悪びれもせず笑う。
ロン毛の男は、空を仰いでしばらく黙り込んだ。そして小さく「チッ」と舌打ちをする。
「……しゃあないの。ニトラさん、それでええか?」
視線を向けられた影の薄い男は、小さく頷いた。
「……うん。」
「やったぁ〜!」
セラさんは、子供のように両手をあげて喜んだ。
ウーーンッ! ウーーンッ!
パトカーはすぐ近く。もう逃げ場は限られている。
「そろそろほんまにヤバいなぁ……」
ロン毛の男が僕を見下ろす。その目と視線が合った。
「──テメェは、寝とけ。」
ドシュッ!
鳩尾に衝撃が走り、肺が潰れるように空気が抜けた。視界が反転し、世界が闇に沈んでいく。僕は、そのまま気を失った。




