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インナーヒットマン  作者: 太田
第4章 化け物と雛

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第53話 炎

 六田と僕の存在など眼中にないかのように、セラさんとロン毛の男の言い合いが始まった。


「お前ぇ、ええ加減にせいよ!」


「えー、ちょっと遅刻したからって怒りすぎじゃないですかー?」


ポカッ


「イテッ!」


 容赦のない一撃にセラさんが頭を抱える。


「お前、5時集合やったのに今9時やぞ!?一体全体、どこで油売っとったんや!!」


 セラさんは悪びれもせず、太陽みたいな笑顔で答えた。


「お昼寝してました!!」


ゴッ


「いだぁぁ!!」


 転げ回る彼女を見て、周囲の男たちはヒソヒソ声を漏らす。


「あのねぇちゃん……可愛いな……」


「めっちゃタイプなんだが……」


 場違いな浮ついた声が飛び交う中、六田も僕も、ただ黙って眺めるしかなかった。


「……君がセラくんだねぇ?」


「え!?誰ですか!?」


バコッ


 再び飛ぶ手刀。セラさんは涙目でうずくまる。


 ロン毛の男が説明する。


「取引先の六田さんや」


 六田は笑顔で言った。


「まぁ、遅刻は許すよー?」


 セラさんはきょとんと周りを見渡す。


「今、どういう状況なんですかぁ?」


 影の薄い男――ニトラが、魂の抜けたような声で説明する。


「……今、殺し屋が来たので返り討ちにして、処分しようとしてたところなんですよ……」


「はぇ〜」


 まったく危機感のない返事をした後、セラさんは首を傾げた。


「で、その殺し屋ってどこです?」


「そこに倒れとるやろ」


 ロン毛の男が僕を指さした。セラさんと目が合う。


「えッ……!!!」


 次の瞬間、少女の顔はぱあっと輝いた。


「初さんじゃないですか!!」


 六田が銃を向けているのも無視して、セラさんは走り寄り、僕の顔すれすれまで覗き込んだ。


「初さん、殺し屋さんだったんですかッ!?」


 僕は困りながら答える。


「は……はい……」


 困っていたはずの僕の返事など気にも留めず、セラさんはぱぁっと笑う。


「すごいですねぇ!」


 六田は冷たく言う。


「君ぃ……邪魔だよー?」


 しかしセラさんは止まらない。


「初さん!酷いじゃないですか!最近、初さんゲームにログインしてないじゃないですか!」


 ぷくっと頬を膨らませて怒る。可愛い。


「す…すみません…」


 六田の睨みがセラさんへ刺さる。


「……邪魔するなら、撃つよー?」


「はぁ?撃つんですかぁ?」


 セラさんはムッとした顔で六田を睨み返す。そのまま僕に小声で囁いた。


「初さん。あなた、私の命の恩人ですからね」


 次の瞬間だった。彼女はパーカーのポケットに手を滑り込ませる。


「……何を──」


「これで貸し借り無しですからねッ!!」


 叫ぶと同時に、彼女は銃を引き抜き、六田へ向けて構えた。


バンッ! バンッ!


 ほとんど同時に響いた二つの発砲音。六田の弾丸はセラさんの頬をかすめ、赤い線を描く。


 そして──六田の頭が弾けた。


 重いものが折りたたまれるように、ゆっくりと地面へ崩れ落ちる六田。


 その瞬間を見届けて、影の薄い男とロン毛の男は、同時に長い息を吐き出した。直後、周囲の男たちが遅れたようにざわめき立つ。


「兄貴ィィ!!」


「てめぇぶっ殺す!!」


 怒号が飛び交い、一人の男が刀を振りかぶるような動作をした。


ブゥゥゥン


 耳鳴りのような、しかし鋭い音が空気を切り裂く。セラさんに襲いかかる男。


 セラさんはそれを軽やかに回避した。直後、彼女のパーカーが音もなく裂けた。


「んー、超音波の刀ですかぁ。いい能力ですね〜」


 セラさんは楽しそうに笑う。


「うるせぇ!!」


 男は銃を構えた。


 しかし


「まぁ、でも──」


 セラさんの体が、一瞬で炎に包まれた。燃え盛る炎を背負いながら、彼女はゆっくりと首を傾け、笑った。


「私には勝てないんですけどねぇ?」


 炎が、その言葉を強調するように揺れた。


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