第51話 勝機
弾丸は、一直線にオールバックの男の額へ飛び、確かに命中した。
だが。
キンッ!
甲高い金属音を残して、弾丸は弾かれた。
「……ッ!?」
額には米粒ほどの穴が開き、うっすら血がにじんでいる。男は、かゆみでも覚えたようにその額を指で掻き、にやりと笑った。
「効かねぇ〜なぁ〜!」
次の瞬間、男は素手のまま猛然と駆け出した。
僕は反射的に引き金を引く。
肩、胸、腹、脚──撃ち込んだ場所すべてで金属音が響き、弾丸は宙へ跳ね飛ぶ。後ろで観戦している男たちは腹を抱えて笑っていた。
───銃が効かない奴、多すぎじゃなねッ?
銃は無意味だと悟り、僕は即座にナイフへ持ち替える。迫り来る男の胸元へ突き立てる。
だが
「……ッ!」
刃が、入らない。皮膚の奥に鋼鉄を仕込んでいるかのような、異常な硬度だった。
ゴンッ!
衝撃が世界を白く染める。殴られた。鉄パイプで殴打されたような衝撃だ。視界が揺れ、膝が勝手に折れた。
「いいぞ、石下ぁ!」
「そんな雑魚叩き潰せ!」
怒号が飛び交う中、拳が何度も振り下ろされる。
ゴンッ! ガツッ! ドゴッ!
顔、腹、脚、また顔。息が漏れ、呼吸が乱れ、地面へ崩れ落ちる。
「オラァ!」
ガンッ!!
蹴りが顔面をとらえ、体が転がる。鼻が潰れたような痛み。血が滴り落ち、視界は地震のように揺れていた。
───コイツの能力は、骨が鉄みたいに硬くなるとかそういうのだ。銃もナイフも効かない…。どうすれば…。
ジャリ……ジャリ……
足音が、近づく。
終わりが、歩いてくるようだった。僕は、その場でうずくまる。
そのとき、自分のズボンのポケットから何かが目に入った。
───……ネクタイ?
仕事に行くとき自分で結べず、とりあえず突っ込んでいたやつだ。
「まだやるかぁ?」
男が僕を蹴り上げようと足を振りかぶった、その瞬間。僕は横へ転がり、蹴りを回避する。次の呼吸とともに立ち上がり、勢いのまま男の脚にネクタイを巻きつけ──
上へ引き絞る!
「ッ!?」
バランスを崩した男の体が、そのまま地面へ叩きつけられた。
「コノヤロ──」
倒れた男の首へ、僕はネクタイを巻きつける。背中合わせになる体勢で、そのまま全力で引き絞った。
ギリッ……ギリッ……
布が喉を締め付ける残酷な音が響く。
男は暴れ狂い、肘を僕の背中へ打ち付ける。衝撃が内臓に染みる。それでも力は緩めない。腕の筋肉が
悲鳴を上げても、絞める。もっと絞める。
「かッ…!」
苦しそうな声が聞こえた。男は自分の喉へ両手を伸ばし、ネクタイを引きちぎろうとする。とんでもない力だ。
「う……おおおおおおッ!!」
全身を振り絞る。
ふっと、重さが消えた。
後ろを向くと、男の腕がだらんとしているのが見えた。僕はネクタイを手放し、その場に崩れ落ちた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
喉が焼けつくようだ。全身が震えている。だが僕は、この死闘に勝った。




