第48話 化け物達
ジャリ…ジャリ…
足音だけが、静まり返った家に不気味なほど鮮明に響いていた。
廊下には襖が並び、窓は開け放たれている。庭から吹き込む風が、どこか遠くの葉を揺らす音だけを連れてくる。だが、家そのものは、まるで時間が止まったように沈黙していた。
襖の向こうには光が漏れており、人の気配すら感じられた。それなのに、物音ひとつしない。肌が粟立つような異様な緊張が全身を締めつける。
廊下の目前に立ったとき、僕は息を呑む。
──乗り込んで、六田の情報を聞き出してやる。
そう決意した瞬間だった。
バリバリバリッ!!!
「ッ!?」
襖が外側へ弾け飛ぶ。木片の破片が雨のように散った。その隙間から、何かが、群れとなってなだれ込んできた。
「ひゃぁぁーーッ!楽しすぎて脳ミソが銀河まで飛んでくぅぅ!!」
「宇宙の果てが見えちまうよォォ!!」
「おやじィィ!!オレ、時空の壁ぶち抜いちまったぁぁ!!」
奇声と笑い声が混じり合い、正気とは思えないテンションをまとった男達が廊下を埋めつくす。
痙攣するような笑い。ぶつかり合う肉の音。血走った目。これの状態を見たことがあった。
男たちは互いに噛みつき、引っ掻き、殴り、蹴りつけた。そのたびに皮膚は裂け、骨が軋む音がした
が、傷は瞬時に塞がる。狂気と再生が混じり合った、地獄絵図だった。
その中の一匹がこちらを見た。血走った瞳に、僕自身が映る。
「たっっのしぃぃ!!」
四十代ほどの男が絶叫し、走りながら襲ってくる。僕は銃を構えた。
プシュッ!
男の頭が弾ける。だが肉片は瞬時に盛り上がり、再生した。
プシュッ!プシュッ!プシュッ!
体を撃ち抜いても、男は怯まず突進してくる。
「ッ!」
飛びかかってきた男と衝突し、銃が転がる。僕は反射的にナイフを抜き右手で突き立てる。
左腕を狙ってきた男の腕をかろうじて押し返した瞬間、男の口が僕の左手に食らいついた。
「ッぐッ……!」
さらに男は、狂った猫のように、僕の面を執拗に引っ掻く。ナイフを押し込むが、切り裂いた傷は再び
塞がる。僕の血も男の血も、床にボタボタと落ち、ぬるい水溜まりのように広がった。
「うぉぉぉぉ!!」
全力で腕に力を込め、ナイフを押し込むその瞬間、男の身体から突然力が抜けた。
「ッ!」
僕はその隙に男の下から転がり出る。荒い呼吸のまま、振り返ると。
「ぎぁぁぁぁ!」
男は床でのたうち回り、黒いヘドロのような血を口から吐き出していた。やがて静かになり──その身
体は塵となって消えていく。
同様に、ほかの男たちがいた場所を見ても、残っているのはただの灰のような塵だけだった。
──いったい何が起きているんだッ……?
痛む腕を押さえながら立ち上がろうとした、その刹那。
痛む腕を押さえながら、困惑していた。
「どや?すごいやろ?」
「ッ!?」
トラックにはねられたような衝撃が身体を貫き、僕は宙を舞った。面が床を転がる。
見上げた先に立っていたのは、パーカーを着た、ロン毛で目つきの悪い男だった。




