第43話 追っ手
揺れる車の中で、僕は流れる森の景色をただ黙って目で追っていた。
──とにかく、薬の情報を持ち帰ればいい。それさえできれば、殺されずに済む……はず。
確信なんてどこにもなかった。仕事を一度失敗した人間がどうなるか、店長に教えてもらった。
それでも。今できることを、全力でやるんだ───
ガシャーンッ!
突然、車体が大きく跳ねた。金属が悲鳴を上げる音に、おじいさんが目を丸くする。
「な、なんだぁ〜?」
おじいさんが窓を開け後ろをのぞく。僕もトラックの窓から身を乗り出す。
黒々とした光沢を放つ車が、トラックの尻に吸いつくようについてきていた。その車の窓から、大柄な男が身を乗り出す。
嘴が黄色く、全体を黒で塗りつぶした鳥の面──見覚えのある面だった。
「ぶち殺しに来たぜぇぇ!!!」
怒号が森に響いた。
僕も大声で叫ぶ
「イカルさんでしたっけ?見逃してもらえませんかね!」
返事の代わりに、男は車内からショットガンを引っ張り出し、こちらへ向けた。
「無理に決まってんだろぉ!」
ドゴォン!
引き金が引かれた瞬間、僕は反射的に身を引っ込めた。散弾がサイドミラーを粉々に吹き飛ばし、金属片が車内に降り注ぐ。僕は運転席のおじいさんに言う。
「本当にすみません! あの人たち、仕事の上司で……僕のミスにブチギレてて……!今捕まったら何されるか分からないので、運転続けてください! なんとかしますから……!」
おじいさんは目を丸くしたまま、ぽつりと呟いた。
「すごい上司だねぇ〜!? ……わかった! なんだか知らんが運転するだぁ〜!」
その声と同時にアクセルが踏み込まれ、車体が前へと跳ねる。背中に重力がのしかかり、景色が一気に流れ出す。
後ろから、連続する銃声。
ドゴォン! ドゴォン! ドゴォン!
「っ……!」
頭を下げた瞬間、弾丸が髪をかすめて通り抜け、フロントガラスとリアガラスを同時に穿った。砕けたガラス片が雨のように降りかかり、それをコートで必死に防ぐ。
おじいさんは、血を流しながらも声も上げず淡々と運転を続けていた。
──撃ち返さなきゃ……!
僕は胸ポケットへ手を伸ばした。
「ッ……!」
指先に、あるはずの形が触れない。
すぐに思い出す。川に落ちたとき、銃を握っていた。それが起きた時には、なかったと言うことは…。つまり──銃は、あの川に流されたのだ。
───ど…どうしよう……。
背筋が冷たくなり、喉が乾いていく。迫る銃声だけが、容赦なく現実を突きつけてきた。




