表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インナーヒットマン  作者: 太田
第4章 化け物と雛

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/82

第41話 おじいさん

 夢を見た。また、あの夢だ。

 

 白く滲む病院の光。消毒液の鋭い匂い。


 あの日、父に抱きしめられた記憶だけが、鮮明に浮かび上がる。父は、まるで何かを許すような、優しい顔をしていた。


「お前は、自由だ」


 それだけ言うと、父は静かに背を向ける。


「待って──」


 呼び止める声だけが空虚に弾け、夢はふっと途切れた。






 目を開けると、顔半分を冷たい川の浅瀬に押しつけられていた。背中越しに伝わる石の冷たさが、現実へと僕を無理やり引き戻す。


 上体を起こした瞬間、世界がふらりと揺れた。頭がぼんやりして、思考が噛み合わない。


───どれだけ流されたんだろう…。


 すぐそばに落ちていたオナガの仮面を拾い、ポケットにねじ込む。ぼんやり見上げた空では、朝日が容赦なく輝いている。それなのに、風は冬を引きずったまま鋭く頬を刺した。


「さっっっむ……!」


 身体の芯から震えが走る。びしょ濡れの服が冷たく肌に貼りつき、熱を奪い続ける。


 必死に周囲を見回す。


──どこか……どこか暖を取れる場所は……


 そのとき。


「おい、大丈夫かぁ〜?」


 背後から、ゆっくりした朗らかな声が飛んできた。振り返ると、黒帽子のおじいさんが焚き火の前に座っていた。炎がぱちぱちとはぜ、橙の光がおじいさんの皺に柔らかく揺れていた。震える僕をひと目見ると、おじいさんは大きく手招きした。


「こっちきぃ〜!」


 声に押されるように、ふらつきながら焚き火の側へ近づく。火の熱が皮膚に触れた瞬間、冷え切った身体がようやく現実に戻った気がした。


 服を脱いで日の当たる場所に置く。


 下着姿で火にあたる僕の隣には釣り道具が無造作に置かれていた。


 「これ、食ぇ〜」


 おじいさんが差し出した焼き魚は、湯気を立てていた。両手で受け取ると、その温もりだけで胸が詰まる。


「す……すみません……ありがとうございます……」


 一口かじると、想像以上に優しい味がして、どうしようもなく涙があふれた。おじいさんは、それを何も言わずに笑って見ている。


「どうして、こんな所におったぁ〜?」


「…落ちたんです」


「ありゃ〜そら大変だったなぁ〜!」


 豪快に僕の背中をバシバシ叩く。


───痛い。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。


「なんか悩んでるんかぁ〜?」


「え?」


 おじいさんの目は冗談を言っているときのものではなく、まるで僕の奥を覗きこむように静かだった。


「まぁ、言わなくてもいいだぁ〜」


「……いや」


 言葉を出そうとした瞬間、何かが喉元でふっと霧散した。声にならないまま、視線だけが地面へ落ちる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ