第40話 落下
崖沿いの細い道路を、ただ前だけを見て走る。
足音が荒く地面を叩くたび、下から吹き上げる冷気が皮膚を刺した。覗き込んだ暗闇は底知れず、奈落そのもののようだった。
その先に──人影があった。六田だ。
僕は肺が裂けるほどの勢いで走り、銃口をまっすぐに向ける。
「あれ、もう来ちゃったかー」
振り返った六田は、まるで散歩でもしているかのような気楽さで微笑んだ。
「……何で、あの子たちを罠に使った」
問い詰める声は震えていた。怒りか、それとも別の何かなのか分からない。
六田は肩をすくめ、笑って答える。
「えー? 『トリカゴ』の人間を止めるには、これくらいしなきゃって思ってたからー。でも……まさか初くんが『トリカゴ』の人間だったとはねー」
「ッ!」
胸の奥が熱くなる。六田はまるで僕の反応を楽しむように、指先でくるくると空をなぞった。
「まぁ、君のことなんてどうでもいいんだけどさ。『トリカゴ』の狙いは多分、あの薬だよねー。でも残念。あれは渡さないよ」
そう言って、また気楽な足取りで歩き出す。
「待て!」
引き金に指を掛けた瞬間──
「そこ、危ないよー」
───何を
ドッゴォォオオン!!
世界がひっくり返った。爆風が横から殴りつけてきて、体が宙に浮き、視界が白に染まる。六田が距離の向こうで、楽しげに口角を吊り上げていたのが一瞬見えた。
崖から落下する。爆音と爆風で、朦朧とする意識の中、大声で叫ぶ。
「六田ぁ!!待ってろよぉぉぉ!」
叫びは風に飲まれ、夜空へ散っていく。重力が体を引きちぎるような落下感。風が鼓膜を裂き、身体は空と地の間をただ落ちる質量と化した。
そして──
ドプンッ。
腹を殴打するような衝撃とともに、全身が冷たい水の塊に叩き込まれた。水が皮膚を越えて骨の内側まで刺し込んでくるような鋭さ。体温が奪われ、思考が遅れて沈んでいく。
──冷たッ!?
暗闇の川は濁流となって僕を飲み込み、容赦なく流し去っていく。段々と意識が薄くなっていく。僕は闇に沈み、流れに呑まれ、そして意識を手放した。




