第37話 少女達
バンッ! バンッ!
「待てやッ!」
破裂音が闇を裂き、弾丸が木の幹を抉った。反射で森へと飛び込み、木を盾に息を殺す。
心臓の鼓動が耳の奥でうるさい。懐から弾を取り出す手が震えている。
相手は二人。一人を仕留めてももう一人が撃ってくるかもしれない。
勝負は、一瞬。
──いけ。
木の陰から跳ねるように飛び出す。ほぼ同時に、男達の銃口が火を噴いた。弾丸が面をかすめる。こちらも引き金を引く。
バンッ!バンッ!バンッ!
僕の弾丸が赤い服の男の頭を貫く。瞬間、男の身体が糸の切れたように倒れた。
それを見た青い服の男が、鬼のような形相で叫ぶ。
「テメェ……許さねぇ──!」
男が一歩踏み出した、その一種の “隙”。
バンッ!
喉元に弾丸が吸い込まれるように入っていき、男はその場に崩れ落ちた。
───終わった…。
身体の力が抜ける。
───護衛は、あと4人。
ビルの方角から誰かの怒号が響く。銃声で気づかれた。当たり前だ。もう一度、気持ちを締め直す。
ビルに向かって走り出し、壁に背中を付ける。そっと角からのぞいた瞬間、
バンッ!!
目の横を弾丸が通過し、壁がえぐれた。狙われているのが分かった。
───どうするべきか…。
赤い服の男の倒れた死体が視界の端に映る。僕はその身体を抱え──盾として突っ込んだ。
バババッ!
弾丸の雨が肉と布を貫き、死体の中で金属音が響く。こちらも狙いを定め、反撃の弾を撃ち返す。
バンッ!
一発、命中。
「……あと三人」
ビルの中へ飛び込む。受付のようなフロントがあり、そこにいた男が銃を構える。
バンッ!
男の胸に大きな穴が開き、倒れ込んだ。
バンッ!
───あと2人…。
ビルの中は、廊下が続き、いくつも扉が並んでいた。
嫌な感覚が背中を撫でた。冷たいものが、ゆっくり這い上がってくるような。
一つ扉をゆっくりと開ける。
中は、外の殺風景とは違い、異様に高級な部屋だった。大きなベッド、上質そうな家具、まるで高級ホテルのようだ。
───六田は、何処に…。
……その時。
〜〜〜
かすかな声が、廊下の奥から聞こえた。音を頼りに歩き、その部屋の前で立ち止まる。意を決し、扉を開ける。
眼前に広がった光景に、空気が止まった。広い部屋の床に、年端もいかない少女たちが雑魚寝していた。汚れた服。虚ろな目。まるで魂を削られたような表情。
その真ん中で──男が少女にナイフを突きつけ立っていた。
「来たら、こいつを殺すぞ!」
男は、叫ぶ。
少女は、意識が朦朧としている。何をされているのか理解できていない様であった。
僕は低く問いかけた。
「………ここでこの子達に何をさせている?」
男は、口の端を吊り上げた。
「見てわかんねぇか? 売りだよ、売り。こいつらは家出したガキ。薬を入れりゃ言いなりになる。あとは政治家とか金持ちに渡せば──いい金になるんだよ」
六田がここで何をしてきたのか、よくわかった。
「銃をおけよ!」
「……。」
僕は静かに銃を床へ置いた。男の顔が獰猛に歪む。
「オメェ、よくも俺の仲間を殺してくれたなぁ!死んで詫びろや!」
バンッ! バンッ!
その瞬間、防弾コートを放り投げる。
「──!」
男の動きが一瞬止まる。その隙に、懐のナイフを抜いた。コートがふわりと舞い、落ちた瞬間──
視界の隙間から、男の輪郭が露わになった。迷いなく、男の頭へと投げる。
ズブッ!
鈍い音とともに、ナイフは頭蓋へ深々と刺さった。
───案外できるもんだな…。
部屋を見渡す。少女たちが怯えながらこちらを見る。
その中の一人──中学生くらいの少女と目が合った。
薬で濁った瞳。それでも笑おうとしていた。
「おモしろいヵおシてルねぇ…?」
僕が指している面を指さす。
「あぁ、これね」
「かァいイねぇ」
枯れかけのたんぽぽみたいな、弱くて儚い笑顔だった。
───この子達は、六田を倒したら保護しよう。
「……メガネをかけたお兄さんを知らない?」
「あぁ、さっキ来たよォ…」
「どこに──」
問いを終える前に、その少女が突然抱きついてきた。
「ソンな事ヨり、アそンで…?」
その瞬間。
ドッゴォォオオン!!
凄まじい爆発が、世界を白く塗りつぶした。廊下の壁に叩きつけられ、息が完全に奪われた。
胸が、腕が、砕けるように痛い。意識が遠のく。揺らぐ視界の中で、さっきの部屋を見る。炎が吹き出し、少女たちの叫びが響く。
「あつい──!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
ドッゴォォオオン!!
二度目の爆発。熱風が肌を焼き、光が視界を奪う。
悲鳴が消えていく。炎だけが、そこに残った。




