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第35話 スタート
車は夜の闇を滑るように走っていた。
店長は持参したアタッシュケースからスーツを取り出し、手際よく着替え始める。
僕も続けてスーツに袖を通したが……結局ネクタイは結べず、ポケットに突っ込んだままだった。
胸の奥がずっとざわついている。成功するか、失敗して殺されるか──。
やがて車は速度を落とし、静かに停止した。
「到着致しました」
運転手の声に、慌てて口のキャラメルを飲み込む。喉に何かが引っかかった。
ドアを開ければ、夜気の冷たさが肌に触れ、空気が一瞬で張りつめた。
そこは、街の灯りから遠く離れた森の奥だった。僕はオナガの面を被り、フードを深く被る。
店長はいつも通りの軽い調子で手を振った。
「いってらっしゃ〜い」
その声を背に、僕は森の闇へ足を踏み入れた。




