第34話 トリカゴ
後ろを振り返ると、さっきまでいた『りうか』の灯りは、もう闇の向こうに飲まれ、小さな点にまで縮んでいた。
「初く〜ん」
隣から気の抜けた声がする。振り向けば、店長が面を外し、いつもの半笑いのような表情でこちらを覗き込んでいた。
「大変な事になっちゃったね〜」
「へ?」
「だって、今回の“オーナー直々”の仕事だよ〜?」
含み笑いを浮かべながら店長は言う。微妙に焦らすようなその口調が、逆に不安を煽ってくる。
「………オーナーってなんですか?」
「あ~。そこから〜?」
そういえば。そもそも僕は、『トリカゴ』という組織について、まともに説明を受けたことがなかった。
「いい?まず、僕ら『トリカゴ』って組織は、“オーナー” って人が所有してる組織なんだ〜。だから、会社でいうとね、オーナーは “社長” みたいなものかな?」
「なるほど…」
「で、オーナーは他にもいくつか組織を持っててね。その中の一つの “部署” が『トリカゴ』ってわけ。
さっきのウトウさんは、『トリカゴ』全体を管理してる人。まぁ “部長” みたいな?」
初めて知る事実ばかりだった。まさか『トリカゴ』が、そんな巨大組織の一部だったなんて──。
というか。
「そんな組織のトップ直々の依頼を……僕が?」
店長は、いかにも愉快そうに目を細めた。
「だから、大変な事になっちゃったね〜って」
───ど、ど、ど、どうしよう…。
胸の奥が冷たくなる。指先もじわり汗ばんだ。
「もし、今回の依頼を失敗したら……」
店長が意味深に声を落とす。
「……失敗したら?」
にこり。いつも通りの笑顔のまま店長は告げた。
「僕ら『トリカゴ』のメンバーが君を殺さなくちゃならないんだよね〜」
一瞬で、血の気が引いた。体温が奪われる感覚が、首筋から背中へ走る。
失敗したら、殺される。
「まぁまぁ〜。依頼を成功させればいいだけの話だから」
下を向きながら放心状態の僕を差し置いて、店長は、僕に見覚えのあるデバイスを手渡した。
「こ…これは…?」
「お仕事用のデバイスだよ〜。六田の情報だったり、仕事の内容だったりが入ってるんだ〜」
───スズメさんが使っていたデバイスは、これだったのか…。
「仕事が終わったら、ここから連絡してね〜」
「わ、わかりました」
それにしても緊張する。失敗したら、殺される。その事実が僕の身体を硬直させた。
「はい、初君これ〜」
銀紙に包まれた四角いもの。開くとキャラメルだった。
「……いいんですか?」
「いいよ〜。落ち着くでしょ?」
言われるまま口に放り込む。噛むたびに甘さが歯の奥へ、じわじわと染み込んでいく。
いつもより、やけに甘く感じた。




