第33話 依頼
「ど、どういうことですか…?」
声が震えているのが、自分でもわかった。
「君が回収した注射器の中身が特殊なものでね。あれが何なのか六田一希から直接聞き出す必要がある。最悪、薬の情報さえ入手できれば……殺しても構わない」
背筋が冷たくなる。あの夜、僕を襲った男が使っていた注射器。
撃っても死なず、頭を貫いても立ち上がってきた化け物じみた再生力。その謎を解き明かすために、六田一希を捕まえろ──つまりそういうことだ。
しかし───
「な、何で僕なんですか?」
ウトウの視線が、刃物のように刺さる。
「君は、六田一希に会ったことがあるんだよな?」
「は…はい…」
「あとは、君だ。まだ一人で仕事をしていないだろ?」
言葉は静かだったが、その圧力は空気を押し潰すほど重かった。
『トリカゴ』に入って約2週間他のメンバーと働いたことはあっても、一人で殺しの仕事をしたことはない。逃げ場のない現実が、じわじわと肺を締めつける。
「六田の居場所はこちらで掴んである。君は行って、捕まえてくればいい。それだけだ。分かったね?」
「は…はい…」
声はかすれ、喉の奥で潰れた。
「こっちに来たまえ」
男に連れられ店の外に出る。
夜気が流れ込む。店の前には黒塗りの車。その横には黒子の被り物をしたスーツ姿の男が立っていた。
黒子は無言で深々と頭を下げ、車のドアを開ける。
「乗り給え」
吸いこまれるように中へ入る。
シートは高級車らしいしなやかさで身体を包み、車内は広く、無駄のない静けさに満ちていた。落ち着くどころか、逆に背筋が自然と伸びてしまう。
「よいしょっと」
ふわりとした声とともに、面をした店長がアタッシュケースを抱えて隣に滑り込んできた。
「ウトウさん〜。僕が彼に付き添いをしますよ〜」
いつもの気のぬけた口調。だがウトウは店長の顔をじっと見つめ、長い沈黙のあとで言った。
「………………そうか」
その声には、承認とも拒絶ともつかない、不穏な温度があった。ドアが閉まる。黒子が運転席に乗り込む。
店長は窓の外を見ながら、軽い調子で言った。
「それじゃ〜行こっか〜」
エンジンが低く唸り、車はゆっくりと動き出す。




