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インナーヒットマン  作者: 太田
第3章 薬と雛

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第32話 仕事の始まり

 ある日の閉店後。


「私、今日 夜 仕事あるからあんた掃除やっておいて」


「あ、僕も仕事なんスよ〜。初さんすみません!!」


 ということで、僕一人で閉店作業をしていた。


 その頃には、足もだいぶ動けるようになっていた。


 ひとりでテーブルの水拭き。この単純作業にも、いつの間にか慣れていた。


───あとは食器を洗えば終わりだな。


 そう思い、厨房へ向かった、その瞬間だった。


カランッカランッ


 入り口のベルが静かな店内に響いた。


 僕は反射的に振り返りながら声をかける。


「あぁ、すみません。もうお店閉め───」


ドゴッ!!


 言葉が途中で吹き飛んだ。脇腹に炸裂した衝撃で、身体は宙に浮き、カウンターへ叩きつけられる。視界が揺れ、息が詰まる。


 立っていたのは、嘴が黄色く、全体的に黒色の鳥の面を被った、異様にガタイの良い男だった。


「お前が新しくトリカゴに入った奴かぁ?」


 低くくぐもった声。男は重い足取りで近づいてくる。


「テメェみてぇなカス、いらねぇんだよ!」


 拳を振り上げる。反射的に横へ転がった。


バキッッ!


 振り下ろされた拳が、カウンターを木片ごと粉砕した。冷たい汗が背中を伝う。体勢が崩れたままの僕に、男はすぐ次の拳を向けた。


 咄嗟に、懐に忍ばせていた銃をつかむ。しかし、構えようとした瞬間──


「すとーーぷ!」


 聞き慣れた、気の抜けた声が入口から響いた。目を向けると、鳩の面を被った店長が立っていた。


「ドバトさん……」


 その姿を見た途端、男は拳を下ろした。その姿を見て僕も銃を抜こうとしていた手を止める。


 店長は、開いた大穴のカウンターを見下ろし、沈黙した。


「………イカルくん。なにこれ?」


 静かな声なのに、背筋が震えるほどの殺気を帯びていた。


「す、すみません……!」


 先ほどまで暴れ狂っていた男が、嘘のように縮こまる。


「…あとで修理代請求するから。あとイカルくんは、外に出てって」


 店長の言葉に男は小さく「はい……」と答え、逃げるように店を出た。店内には、僕と店長だけが残された。店長は鳩の面を外し、いつもの気の抜けた笑顔を見せる。


「いや~ごめんね〜。彼暴れん坊だからさぁ〜」


 まるで先ほどの殺気が幻だったかのような口調。その落差が、かえって不気味だった。


「はじ……オナガくんにお仕事の依頼が来てね。それで来たんだ」


「仕事ですか?」


「そ。オナガくん一人での初仕事」


 その言葉で、あの日のことを思い出す。スズメさんと一緒に夜の仕事をした日のことを。


 僕は、今から人を殺さなくてはならないのだ。


 口の中が乾き、喉がひりつく。


「し、仕事の内容って何ですか?」


「それは、私から話そう」


 店長の後ろ、ひとりの男が立っていた。五十代ほど。スーツを着崩し、どこか胡散臭さを漂わせながらも、場の空気を支配する圧があった。


「こんにちは。オナガくん。私は、ウトウ。現在『トリカゴ』の管理している者だ」


「こ、こんにちは」


 ウトウと名乗った男は、微笑の形だけを作りながら言った。


「仕事の依頼だが───六田一希を回収してきてほしい」


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