第31話 エプロン
それからの数日間、僕は松葉杖をつきながら仕事をすることになった。
自由に動けないため、任されたのはレジ係。
この数日間、店長の姿が店にはなかった。セッカさんが一人で慌ただしく料理をし、スズメさんが接客に立つ。そんな様子を椅子に座りながら見ていると申し訳なさを感じた。
閉店し、掃除も終わった頃。更衣室に向かおうとしたとき、ふと店長室の前で足が止まった。わずかに開いたドアの隙間から、淡い光が漏れている。
隙間から中をのぞく。
「……」
ソファーに誰かが寝そべり、スマホの光が顔を照らしていた。
「誰?」
中から声がして、肩が跳ねた。恐る恐るドアを開ける。
そこには、ソファーで寝転がりながらスマホをいじるパーカー姿のスズメさんがいた。
「す…すみません」
思わず頭を下げると、
「あぁ、あんたね」
彼女は視線だけこちらに向け、すぐスマホに戻った。微妙な沈黙が部屋に落ちる。時計の針の音すら聞こえないほど、静かな時間。
ふと、前から気になっていたことが胸に浮かび、思わず言葉がこぼれた。
「………スズメさんって店長とどういったご関係なんですか?」
「は?」
短く、刺すような声。
「いや…なんかスズメさん。店長と付き合いが長そうだったので…」
「…」
スズメさんは大きくため息をついた。
「ドバトとは、同じ人に育ててもらったってだけ」
「……だから店長と仲がいいんですね」
「誰があんな奴と仲がいいのよ!」
スズメさんは、ムスッとした表情で言う。少し迷ったが、今しかない気がして、もう一つ踏み込んだ。
「あと……『カラス』さんって知ってます?」
スズメさんの指先が止まった。
「……あんた、その名前どこで?」
低く、押し殺した声だった。
「いや…僕のエプロンに書いてあったので…」
その瞬間、小さすぎるつぶやきが耳に届いた。
「…ドバトのやつ…」
スズメさんはスマホを閉じ、ゆっくりと顔を上げた。
「ドバト、私、……カラスは、全員同じ人に育ててもらったのよ。ドバトとカラスは、相棒だったわ」
淡々と語る声の中に、静かな痛みが混じっていた。店長が何故『カラス』さんのエプロンを持っているのかよくわかった。
だが、どうしてそれを“僕に”渡したのかは、依然として謎のままだ。
スズメさんは立ち上がり、僕に背を向けた。
「……私の前で『カラス』の名前を出さないで」
それだけ言い捨て、更衣室へと姿を消した。部屋には、静かな沈黙と言葉にできない重さだけが残っていた




