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インナーヒットマン  作者: 太田
第3章 薬と雛

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第31話 エプロン

 それからの数日間、僕は松葉杖をつきながら仕事をすることになった。


 自由に動けないため、任されたのはレジ係。


 この数日間、店長の姿が店にはなかった。セッカさんが一人で慌ただしく料理をし、スズメさんが接客に立つ。そんな様子を椅子に座りながら見ていると申し訳なさを感じた。


 閉店し、掃除も終わった頃。更衣室に向かおうとしたとき、ふと店長室の前で足が止まった。わずかに開いたドアの隙間から、淡い光が漏れている。


 隙間から中をのぞく。


「……」


 ソファーに誰かが寝そべり、スマホの光が顔を照らしていた。


「誰?」


 中から声がして、肩が跳ねた。恐る恐るドアを開ける。


 そこには、ソファーで寝転がりながらスマホをいじるパーカー姿のスズメさんがいた。


「す…すみません」


 思わず頭を下げると、


「あぁ、あんたね」


 彼女は視線だけこちらに向け、すぐスマホに戻った。微妙な沈黙が部屋に落ちる。時計の針の音すら聞こえないほど、静かな時間。


 ふと、前から気になっていたことが胸に浮かび、思わず言葉がこぼれた。


「………スズメさんって店長とどういったご関係なんですか?」


「は?」


 短く、刺すような声。


「いや…なんかスズメさん。店長と付き合いが長そうだったので…」


「…」


 スズメさんは大きくため息をついた。


「ドバトとは、同じ人に育ててもらったってだけ」


「……だから店長と仲がいいんですね」


「誰があんな奴と仲がいいのよ!」


 スズメさんは、ムスッとした表情で言う。少し迷ったが、今しかない気がして、もう一つ踏み込んだ。


「あと……『カラス』さんって知ってます?」


 スズメさんの指先が止まった。


「……あんた、その名前どこで?」


 低く、押し殺した声だった。


「いや…僕のエプロンに書いてあったので…」


 その瞬間、小さすぎるつぶやきが耳に届いた。


「…ドバトのやつ…」


 スズメさんはスマホを閉じ、ゆっくりと顔を上げた。


「ドバト、私、……カラスは、全員同じ人に育ててもらったのよ。ドバトとカラスは、相棒だったわ」


 淡々と語る声の中に、静かな痛みが混じっていた。店長が何故『カラス』さんのエプロンを持っているのかよくわかった。


 だが、どうしてそれを“僕に”渡したのかは、依然として謎のままだ。


 スズメさんは立ち上がり、僕に背を向けた。


「……私の前で『カラス』の名前を出さないで」


 それだけ言い捨て、更衣室へと姿を消した。部屋には、静かな沈黙と言葉にできない重さだけが残っていた


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