第30話 報告
スズメさんの肩を借りながら、『りうか』へ戻った。
店の明かりが視界に入った瞬間、張りつめていた意識がようやく弛む。入口に立つと、スズメさんはそっと僕の腕を離し、軽く息を整えた。
「ドバトに説明してくるからセッカに手当てしてもらってきて」
そう言い残すと、彼女は足早に店長室に入っていった。僕は、半ばふらつく足取りでセッカさんのいる更衣室で手当てをしてもらった。
「なんだかよく知らないッスけど大変でしたね」
セッカさんの手つきは驚くほど手際が良かった。
───あの男はいったい何者だったんだろう…?頭を撃ち抜かれたのに生きていたなんて……。ゾンビだ
とか、そんな馬鹿げた存在が本当にいるのか?
「………」
包帯を巻く音だけが、更衣室に響いていた。ふと視線が自分のロッカーに吸い寄せられる。
「そういえば……僕のエプロンに『カラス』って方の名前が縫ってあったんですけど……」
セッカさんが驚く顔をする。
「えッ!あれカラスさんのだったんッスか!?」
「あ…知り合いの方ですか…?」
「いや~、会ったことはないッスけど……すっごい殺し屋だったって聞いたことあるッスよ!狙われたターゲットが、その『カラス』の面を見ただけで絶望して、その場で自殺したって話も聞きましたッス!」
「へ、へぇ…」
───そんなヤバい奴のお下がりを僕は、着てるのか……。
血の気がすっと引く。
「そ、その方は、今どちらに…?」
「いや~。なんか、だいぶ前に死んだって聞いたッス!」
その一言で、胸の奥の緊張がわずかにほどけた。
───それにしても…店長とその『カラス』って人は、どういう関係なんだろう…?
「終わりましたッス!」
元気な声で我に返る。足元を見ると、ナイフの跡を覆うように包帯が巻かれていた。
「ありがとうございます」
そう告げたところで、店の奥から低い声が響いた。
「お~い」
扉の方を見ると、店長が立っていた。スズメさんから報告を受け終わったのだろう。彼の顔は穏やか
で、いつものゆるい笑みが浮かんでいる。
「どうしたッスか?」
「ちょっと、数日間、僕いないからセッカくんよろしく〜」
「了解ッス〜!」
そのやり取りのあと、店長と目が合った。彼は僕に向かって、ふわりとした微笑を送る。
「大変だったね〜」
その一言に、張りつめていた心がようやく落ち着いた。こうして、僕のはじめてのおつかいは、想像を超えるほど大変なものとなったのである。




