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インナーヒットマン  作者: 太田
第2章 殺し屋と雛

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第15話 朝の初仕事

 着替えを済ませ、厨房を通りにホール集まる。


 セッカさん、店長、そしてスズメさん──全員がそこにいた。


「ということで、初くんが『りうか』に加わってくれました〜。皆、優しく業務を教えてねぇ〜」


「はいッス!」


 元気よく返事したのはセッカさんだけだった。スズメさんは、腕を組んでそっぽを向く。


「じゃあ、僕とセッカは、朝の仕込みやってるから、テーブルとかやっといて〜」


 その言葉を残して二人は厨房に消えた。残されたのは、僕とスズメさん。空気が、刺すように冷たい。


「……変なことしたら殺すから…」


 まるで息を吸うように、脅しの言葉を吐く。怖かった。


 笑う余裕もなく、ただ「はい…」とだけ答えた。


 スズメさんはカウンターの横にある扉を指差す。


「そこのトイレに掃除用具あるから取ってきて」


言われるままにドアを開く。洗面台と二つの扉。なんとなく左を開けると、バケツ、雑巾、モップが出迎えた。


───こうして、僕の「初仕事」が始まった。





 朝の掃除は単純だが、終わりがなかった。


 雑巾を絞り、テーブルの脚を拭き、また雑巾を洗う。


 だが──本当の地獄は、開店のベルとともに始まった。


「いらっしゃいませ〜!」

 扉が開くたびに、世界が加速する。客は波のように押し寄せ、メニュー表を指さしながら次々と注文し

てくる。


 注文を聞き取るだけで頭がいっぱいになる。伝票を書く手が震える。


「すみません、もう一度……」と言えば、客の眉がひそむ。

 厨房からはセッカさんがやって来た。


「落ち着いて行けば大丈夫ッスよ。先にドリンク決めさせると流れが楽ッス!」


 とにかく手を動かす。


 焦ると、レジ操作までおかしくなった。金額を打ち間違えてしまう。


 周囲の客がざわめき、顔が燃えるように熱くなる。


 すぐに店長が現れ、明るい声で場を収めた。


「すみませ〜ん!こちらでお直ししますね〜!」


 その笑顔に救われたのか、客も笑って許してくれた。


 昼が近づくと、戦場は本格化する。食器の音、オーダーの叫び、フライパンの焼ける音。


 視界のすべてが忙しさに溶けていく


 スズメさんは無駄のない動きで接客をこなし、セッカさんは笑顔で厨房とホールを行き来し、店長は全体を指揮していた。僕だけが、空回りしていた。 


 それでも、午後には少しずつリズムが掴めてきた。


 腕が痛くても、止まれない。


───働くって、こんなに大変なのか…。


 気づけば、店は閉店時間になっていた。静まり返ったホールで、皿を洗い、床を磨き、

翌日の仕込みを少しだけ進める。


 指先が痛い。それでも、不思議と悪い気はしなかった。


 ニート歴八年。文字通り死ぬ気で働いた。無為に過ごした時間とは違う疲労が、確かに、胸の奥に残っていた。


 「今日はよくやったよ〜。慣れたらもっとできるから、無理せずにね〜。」


 ドバト店長の声が、最後の蛍光灯の下で柔らかく響く。


 一つだけ確かなことがあるのは、終わったときの疲労は、無為に過ごした日々のそれとは違う重みがあった。



 店長が最後の明かりを消す前に、ふわりと言う。


 セッカさんは僕の肩を軽く叩いて、


「明日も頑張りましょうッス!」と笑った。


 スズメさんは腕を組んで、一度だけこちらを見て、短く言った。


「次は、もっとしっかりやって」


 その声に、思わず背筋が伸びた。


 今日一日で何かが変わったわけではない。だが、自分が「動いた」という事実が確かにあった。


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