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成長

 セーフティーエリアでは咲美、千晴、志穂が揃ってゆきを待っていた。


「ゆっきー、お帰りー」

「ただいま! ってのも、ちょっと変かな。あははは」

「今回は最後まで生き残ったのかよ。おまえ、意外としぶといのな」

「違うよ、千晴くん。終了するちょっと前にやられたの」


 ゆきは苦笑いを返す。

 もしマガジンチェンジが間に合っていたとしても、正志からヒットを取るころはできなかっただろう。


(もっと速く狙えるようにならないと……でも、そんなすぐにはできないよね……)


 他の三人はゆきより先にヒットを獲られてしまったが、それには理由がある。彼らはゲームエリアに広く散らばり、イエローチームの先陣を切り、ルートを模索しながら動き回っていたのだ。


 身体能力が低いゆきはどうしても遅れがちになってしまい、味方が接敵して足が止まってから追い着くパターンが多かった。意図してではないが、比較的リスクの低い後詰めになりがちだったのである。


「お疲れ様、ゆき。早速だけど、あなたが気付いたことを教えてもらえる?」

「ええと……あんまり新しい話はないけど」


 ゆきの言葉に耳を傾け、志穂はタブレットPCにスタライスペンを走らせる。画面に表示した千波サバゲーランドの航空写真に手書きメモを加えているのだ。地形や射線の通り方など、メモする内容は多岐に及び、写真の大半が細かい文字でびっしりと覆われようとしていた。


「ホントに便利だよね、ガーグルマップ……」

「スマホでガグればなんでも大体解決するって、おばちゃんも言ってたな」

「志穂ー、あたし次はどの辺まわればいいんだっけ?」

「いえ、必要ないわ。もう大体わかったし、作戦も決めたから」

「勝てそうっすか、志穂さん?」

「そうね、上手く行けばね」

「さすが志穂ちゃん! ね、どんな――」

「やあやあ、おいっす、お疲れっす!」


 充実した笑顔で戻って来たのは舞であった。祥子と正志も楽しげにお喋りしながら後続している。数ゲームを経て、彼らはすっかり意気投合してしまったようだ。お互いサバゲのスキルが高いと、連携も取りやすい。レッドチームの勝利はこの三人に引っ張られている部分も大きかった。


「お疲れ様です、古館さん」

「おんや? なにしてるの、君達?」


 タブレットPCを覗き込もうとする舞だったが、志穂は素早く電源ボタンを押して画面を消灯してしまう。


「ありゃ!? なによー、志穂ちゃんのいけず後家ー」

「作戦情報ですから、別チームの方には開示できません。あと、私まだ高一ですけど!?」

「教えてくれればこっそり協力してあげるかもよー?」

「結構です。スパイ戦のアナウンスは出てないですよ、舞さん」

「あははは、まっねー」


 テーブル横のラックに銃を収めると、舞はゆきの隣に腰を下ろす。


「ジョークはともかく、いずれ戦力調整が入ると思うよ。イエローチーム、連敗してるから」


 定例会に集まる参加者のレベルやスタンスはバラバラだ。だから単純な人数分けでは戦力の不均等が発生する場合がままある。これを放置すると、どちらかのチームが一方的に叩かれる展開が続く。

 

 試合の勝ち負けにこだわりすぎるのはNGだが、あまりに負けが込むのもつまらないものだ。〝お互い楽しく〟という大前提が崩れてしまうと、サバイバルゲームそのものが成立しなくなる。勝敗の天秤が最初から傾き過ぎているのは望ましくない。


 だから時にはフィールドマスターがゲームに介入し、戦力調整を行なうのだ。この場合、レッドチームで目立った動きをしている数人をイエローチームに移籍させることになるだろう。


「『負けたくないなら強くなれ!』って、まるごと参加者個人の責任に帰して突き放す人もいるけどね。それはそれで遊びとしての主旨が違うでしょ? 戦力調整もフィールドマスターの大事な役割だと私は思っているわ」


 クーラーバッグからスポーツドリンクを取り出し、舞は喉を潤した。


「なんだったらおねーさんから言ってあげようか? ここのフィールドマスター、知り合いだし」

「だ、大丈夫です、古館さん! 戦力調整はいりません!!」


 志穂が答える前にゆきは割って入った。


「ゆきちゃん、不均等の是正は別に恥ずかしいことじゃないのよ。タイミング的にも要望を上げていい頃合いよ?」

「ですから、あの……わ、わたし達が勝ちます!」


 勢いに任せて言ってしまった。

 舞はにわかに面白がっているような顔になっていた。


「ほほう? ゆきちゃん、そのココロは?」

「志穂ちゃんが作戦を立ててくれたんです。次はわたし達が勝てると思います」

「意気込みはヨシ! でも作戦に乗るのが君達四人だけで成功するかなー? それにレッドチームには私も祥子も正志君もいるし」

「こ、こっちにも志穂ちゃん、咲美ちゃん、千晴くんだっています!」

「へー、君もなっかなか生意気言うようになったじゃない……」

「え、あの……?」


 芝居気たっぷりに黙した後、舞は相好を崩す。


「いやぁ、ゆきちゃんまた成長したねぇ! おねーさんは嬉しいよ!!」

「あ、はい。ありがとうございます……?」

「うんうん。心の成長は見届けたからさー、次は身体の成長を確かめさせてぇー!」

「うひゃあっ!?」


 がばっとゆきを抱擁する舞。どうしてか咲美が反応し、


「じゃあ、あたしもやるー!」

「え、ええっ!?」

「なにがじゃあなのよ、咲美っ!?」


 志穂の突っ込みをスルーし、咲美は舞の反対側からゆきに抱きつく。


「おぅらー、むにむにさせろ、ゆっきーっ!!」

「うわあっ!?」


 左右からの挟み撃ち。舞と咲美の腕にがんじがらめにされ、ゆきは為す術もなく翻弄される。突発した大騒ぎに他の参加者達が好奇の目を向けてしまうのは、無理もないことであった。


「ちょ、ちょっと、あなた達!? 公衆の面前よ、なにしているのよ!?」


 走り寄ろうとする祥子を何故か正志は制止する。


「あいや、しばし待たれぃ、レイラ殿!!」

「い、いや……お兄さん、そういうわけには」

「ここはもはや危険が危ないデンジャーゾーン!! 百合深度が許容値ギリギリ、精神汚染の可能性もござれば!」

「吉野先輩、身内なのにコレ放置していいんすか……?」

「こうなってはもう、誰も止められないでござるよ、千晴殿。我々は遠くからそっと観測するしかないのでござる……はっかどるぅ!!」

「マジすか。どう見ても捕食されてますけど……」


 法悦に浸る正志とドン引きする千晴を余所に、スキンシップの過激化は留まることを知らないのであった。


「いやーん、ゆきちゃん細いのに柔らかーい!」

「ゆっきー特有の絶妙なぷにぷに感……たまらないぜ!」

「わううう、く、くすぐったいぃぃぃっ!!」

「ひゃっほう、こいつはかげきぃ! かげきなしょうじょでござるぅっ!! 動画撮影は倫理規定違反でござれば、この眼にしっかと焼付けねばーっ、ンフフフ!!」

「いいい、いーい加減にしなさいっ!! 桜井さん、手伝って!」

「は、はいっ!!」


 祥子と志穂が強引にゆきから二人を引き剥がし、どうにか事態は沈静化したのであった。

「舞、あんたね……!!」

「あっははは、ごめんごめん。テンション上がりすぎちったかなー」

「笑い事じゃないわよ、周りにも迷惑でしょうがっ!」

臥薪嘗胆(がしんしょうたん)だよ、祥子。臥薪嘗胆」

「はぁ?」

「次の試合、ゆきちゃん達がイエローチームを勝たせるってさ。なーんか、作戦があるみたいよ」

「ほう……面と向っての勝利宣言とは。ゆきには珍しく強気でござるな」

「どうしましょうか、今宮先生? お兄様?」

「どうもこうも、これはサバゲだもの。さっきまでの試合と同じよ」

「無論、手加減ゴム用っ! 全身全霊でお相手致すのみでござるっ!!」

「そうなるよねー。んじゃ、楽しみましょっか!」

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― 新着の感想 ―
[一言] ゆきちゃんの意気やよし。 次こそは。
[一言] >「ひゃっほう、こいつはかげきぃ! かげきなしょうじょでござるぅっ!! 動画撮影は倫理規定違反でござれば、この眼にしっかと焼付けねばーっ、ンフフフ!!」 かげきしょうじょキターーー!!!!(…
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