表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「元、悪女ですから。」~役目を終えた悪役令嬢の仁義なき恩返し~  作者: 糸四季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/35

《使命》

 

 このような状況においても尚、感情を表に出すことなくベアトリスが言った瞬間、ファンファーレが高らかと鳴り響いた。

 英雄の偉業を称えるような、新しい未来を祝福するような、実に華やかな音色。あまりに場違いである。



「な、何だ……?」

 一体何が始まったのかと戸惑う招待客たち。例に漏れずセドリックたちも落ち着きなく周囲を見回している。

 そんな中、ナイジェルだけはじっとベアトリスを見ていた。

 ベアトリスはただ真っすぐにセドリックを見つめている。相変わらずそこから感情を読み取ることは出来ないが、ベアトリスの青い瞳に映っているのがセドリックだけだと思うと、心臓をギュッと強く握られたような感覚に陥った。


(なぜ貴女はこんな目に遭っても一途でいられるのですか……)


 セドリックに何度蔑ろにされても、ベアトリスの瞳はセドリックだけを映していた。間近でそれを見続けてきたナイジェルはいつもそれを歯がゆい思いで見つめるばかりだった。

 セドリックの護衛騎士でしかない自分に出来ることのあまりの少なさに、何度己を情けなく思ったことか。


 ファンファーレが終わると、広間にざわめきだけが残る。

 あらゆる視線が集中する中、ベアトリスは胸に手を当てると「感無量です」と口にした。



「な、何のことだ……?」

「とうとうこの日を迎えられたことです。長い時を経て、あの甘った――繊細で、すぐ逃げ――慎重派だった殿下が、卒業という節目に自ら運命の選択をされたことに感動しております」

「とても感動しているようには聞こえないが……?」

「立派にご成長なされましたね」



 ハンカチで涙を拭う仕草をするベアトリスだが変わらず無表情で、もちろん目に涙は一滴も浮かんでいない。

 何がなんだかわからない、とセドリックが引きつったまま固まっていると、それまで静観し続けていた皇帝がおもむろに手を挙げた。



「皆、聞いたか」


 セドリックとは似ても似つかぬ厳めしい顔をゆっくりと巡らせ、皇帝は大きく息を吸いこんだ。


「ここに第二皇子セドリックとベアトリス嬢の婚約破棄が成立すると同時に、新たにミッシェル嬢との婚約が成された!」



 これに驚いたのはナイジェルだ。


(皇子だけでなく皇帝まで、このような公式の場で何てことを!)


 と、怒りのまま叫びそうになった時、皇帝の周囲で拍手が起こった。

 拍手しているのは皇帝の隣にいる皇后、皇太子、それから国政の中心である大臣たち。そしてなぜか参加していた帝都の大司教を兼任する若き枢機卿、ユリシーズ・マニングと、彼に仕える聖職者たちだ。



「おめでとうございます、陛下」

「まずは一安心でございますな」

「おめでとうございます、ベアトリス様」

「長年のお役目、真にお疲れさまでございました」



 彼らに労われ、ベアトリスが無言で美しい礼をとる。

 皇帝とその周囲の一部貴族、それから聖職者たちが何らかの事情を知っているらしいことは誰の目にも明らかだが、それが何なのか見当もつかない者は皆ぽかんとしたままだ。



「何なんだ、一体⁉ どういうことだ!」



 皇族の中で自分だけが何も知らされていないことを察したのだろう。癇癪を起した子どものように叫ぶセドリックに、歩み寄る人物がいた。



「私からご説明いたしましょう」



 落ち着いた声でそう言ったのは、青みがかった銀髪の若い聖職者だ。白の祭服と角帽には、大司教の証である銀糸の刺繍が施されている。



「聖者様だ……」

「マニング枢機卿がどうしてここに」



 周囲のざわめきをよそに、ユリシーズは当然かのごとくベアトリスの傍らに立った。まるでそこが自らの定位置であるかのように、ベアトリスにぴたりと寄り添う。

 ベアトリスに負けずユリシーズも人間離れした美貌の持ち主なので、ふたり並ぶと宗教画のような神聖さがあった。周囲から感嘆の息が漏れる。


 ユリシーズはにこりと貼り付けたような笑みを浮かべ、周囲の招待客にも聞こえるように語り始めた。



「第二皇子殿下。七年前、私は魔王復活を報せる女神の神託を授かり、現在の地位に就くこととなりました」

「それがどうした、枢機卿。そんなことは誰もが知っている」

「ですが、その神託を授かったのは、実は私ではなくベアトリス様だったのです」

「何だと? ……まさか」



 セドリックは目を見開き、正面に立つベアトリスを凝視した。

 国教であるジェミネデ教が奉る女神は、時折神託を信徒に授け人々に福音をもたらしてきた。神託を授かった者は神のしもべとその場で定められ、認定式ののち聖者と呼ばれるようになる。


(ベアトリス様が、聖者に……?)



「そして今日、ベアトリス様は見事、女神に託された使命を果たされました」

「使命、だと……? ベアトリスが一体、どんな神託を受けたというのだ!」



 ナイジェルがどれだけ思い違いだと諭しても、ベアトリスが悪だと長年信じ続けてきたセドリックは、どうしてもこの状況が受け入れ難いらしい。同じくミッシェルやこの場にいる事情を知らない貴族たちも、真実が気になって仕方がない様子。


 ユリシーズとベアトリスは目を合わせて頷き合う。

 言葉を交わさずとも意思疎通が出来ているらしいふたりに、ナイジェルの胸の奥が再びツキリと痛んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ