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「元、悪女ですから。」~役目を終えた悪役令嬢の仁義なき恩返し~  作者: 糸四季


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《式典②》

 

 甘い声で囁かれベアトリスの胸はドッキンコドッキンコどころの騒ぎではない。爆散し灰になったかというほどの衝撃だった。

 今夜のナイジェルはいつもと何かが違う。何がと言及することは難しいのだが、とにかく違う。ベアトリスはナイジェルの新たな一面を見た気がした。


 ベアトリスたちが入場したあと、皇太子が側妃を伴い現れた。目が合うと、挨拶したそうな貴族たちを笑顔で交わしながら真っ直ぐこちらに向かってきた。

 周囲の目があり逃げるわけにもいかず、仕方ないかと諦めた時、隣から舌打ちが聞こえた。

 幻聴かと思いナイジェルを見ると、品行方正な騎士は苦虫を噛み潰したような顔で皇太子を真っすぐに見据えていた。

 あのナイジェルが舌打ちをした? 本当に?

 ベアトリスが信じられない気持ちでいると、皇太子が目の前で止まり、ナイジェルが礼の形を取る。それに合わせベアトリスもドレスをつまみ頭を下げた。



「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」

「堅苦しい挨拶はいい。それより……ナイジェル卿がエスコート役か」



 意味ありげな皇太子の視線を、ナイジェルは臆することなく受け止めている。

 自分をエスコートしたせいで厄介な男に絡まれてしまったと、ベアトリスは申し訳なく思った。



「てっきりベアトリス嬢の相手は聖者殿かと思ったが」

「過分なる栄誉をいただきました」

「ふむ。私を拒み、ナイジェル卿の手を取る意味は?」



 真正面から問いかけてくる皇太子に、ベアトリスは内心ため息をついた。

 側妃が隣にいようがまるで構う様子のないこの男は次代の皇帝としては間違っていないのだろうが、少しは一途なセドリックを見習ってほしい。



「改めて申し上げます。殿下のお手を取るのは、私には荷は重く。ご容赦くださいませ」

「荷が重い、か。それは其方には不似合いなセリフだな」



 言葉の端々に小さな棘は感じるが、怒りはないようなのでほっとする。

 やり取りが長引けば家族や教会に迷惑がかかる可能性があった。皇太子との問題は、早々に片付けておきたかったのだ。



「何かこそこそやっていたようだが、上手くいくことを願っている」

「お心遣いに感謝いたします」



 皮肉げな笑みを残し、皇太子はあっさりと背を向け去っていった。

 側妃が深々と頭を下げていたので、それより更に深く頭を下げて返す。どうか彼女に幸せが訪れますようにと願いながら。



「……ナイジェル卿?」


 皇太子をじっと見送っていたナイジェルに声をかけると、なぜか困ったような顔をされた。


「ベアトリス様にとっての幸せとは、何でしょうか」

「私の幸せ、ですか……?」

「貴女の幸せを心から願いたいのに、私は――」



 ナイジェルが何か言いかけたとき高らかとファンファーレが鳴り響いた。

 皇帝夫妻とともに今日の主役である第二皇子セドリックと運命の乙女ミッシェルが入場したのだ。



「諸君、第二皇子と運命の乙女の婚約を見届けてくれて感謝する」



 皇帝の挨拶が始まり、貴族たちは皆頭を下げて聞き入った。

 ベアトリスがそっと高座をうかがうと、セドリックの横でミッシェルがキョロキョロと会場を見回している。

 何をやっているのかと心配していると目が合った。なぜか嬉しそうに小さく手を振って、セドリックに気づかれ注意されていた。

 少し前まではあんなに怯えられていたのが嘘のようだ。ミッシェルの素直さに救われた気持ちになる。



「ふたりは女神に定められた運命により結ばれている。婚約に異議のある者はいないだろう。ふたりを応援し、未来のために皆も支えてやってくれ」



 皇帝の挨拶も終わり、ダンスが始まると誰もが思っただろう。

 しかし皇帝は貴族たちを見渡しこう続けた。



「舞踏会の始まりを告げる前に、この場でふたりの婚約に至るまで尽力してくれた者への褒章を与える」



 皇帝の宣言に貴族たちの間にざわめきが広がる。予定になかった展開に、セドリックたちも戸惑いの表情を浮かべていた。

 騒がしくなった広間の中でベアトリスだけが、これから起こることを知っていた。



「ロックハート伯爵が次男、ナイジェル卿。前へ」



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