《落胆②》
「ちょっと……待ってください」
気が遠くなるような眩暈を覚え、ナイジェルはベアトリスを止めた。まったく理解が追い付かない。
しかしベアトリスは止まることなく、淡々と、しかし勢いに乗るかのように話し続ける。
「年齢も立場も事情も様々な方々ですが、皆様に共通するのは心が清らかで献身的という部分です。女神のような、というご要望でしたから、まずはどういった方が女神のような方を言うのかから始めまして。私なりに殿方にとっての理想の女神像を考え、それを基準に声をかけさせていただきました。当然、皆様には事情をご説明し、納得いただいたうえで今宵の晩餐に招待いたしました。ここにいる皆様は全員ナイジェル卿とのお付き合いを望まれて参加されています」
ここまで一気に喋ってもベアトリスの勢いは止まらない。これほどまでに彼女が饒舌だったことがあっただろうか。
ひとりひとり紹介していくが、その順番はくじ引きで決めただの、時間配分だの、どうでもいいことを口にし続けている。本当に、どうでもいいことを。
ナイジェルはもう、理解することを放棄した。視界は暗くなり、胸の中が重く淀んでいく。
何の反応も見せないナイジェルにベアトリスはようやく気付いたようで、一度口を閉じてからややトーンを落として再び話始めた。
「ナイジェル卿?」
ベアトリスに呼ばれても、返事ができない。
「……女神のような方がたくさんいらっしゃって、戸惑われるお気持ちもわかります」
ちがう。
「何も今日ひとり選んで婚約しろというわけではございません。まずは皆様と会話し、気になる方がいらっしゃればその方と仲を深めていかれては。もし運命を感じる方がいれば、今日決めてしまってももちろん構わないのですけれど」
ちがう。そうじゃない。
そういうことではないのに――。
「でもナイジェル卿はきっとお兄様を気にされてすぐには決められないのでしょう。ですからゆっくりでも……」
「いい加減にしてくれ!」
ベアトリスの言葉を遮るようにナイジェルは叫んだ。彼女に対しこんな風に声を荒げるのは初めてのことだ。これまでのナイジェルには考えられないことだった。
怒りや失望が視界を染めていた。胸が圧迫されたようにうまく息が出来ない。
こんな美しい花束を手にしている自分が馬鹿みたいだった。
「ナイジェル卿……?」
「何ですかこれは! 婚約者の斡旋!? 私がそんなことをしてくれといつ貴女に頼みましたか⁉」
騒がしかったロビーが静まり返っていた。
視界に映る女性たちが皆怯えた顔をしているが、ナイジェルは衝動を止められない。長年この体の奥のほうに無理やり押しこめていたもうひとり自分に、体を乗っ取られてしまったかのように。
騎士にあるまじき姿を見せている。目の前のベアトリスは無表情だが、どこか戸惑っているようにも見えた。
「ですが恩返しを……」
「必要ないと言ったはずだ! 私は貴女に、何も望んでいない!」
気付けば肩で息をしていた。呼吸をしているはずなのに、息苦しさは増していくばかりだ。
ベアトリスはいつも通り真顔だが、ただじっとナイジェルを見ていた。ナイジェルが何を言ったところで彼女の心には響かない。それを思い知らされたように感じた。
「私は貴女が……」
伸ばしかけた手を握りしめ、ゆっくりと下ろす。
愚かなことに、また馬鹿になるところだった。まったく救いようがない。
「……何でもありません。取り乱して申し訳ない」
ベアトリスの中に自分はいない。入る余地も見当たらない。それがよくわかった夜だった。
当然だ。何を期待していたのか。
ありえない夢を見てしまった。あまりにも分不相応な夢を。
「今宵は、これで帰らせていただきます」
ベアトリスの手を取り、花束を握らせる。
大斧を軽々と振るうとは思えないほど細く小さな手だ。この手に触れられたことを、一生の思い出にしよう。
ナイジェルは深く礼をすると、踵を返し公爵邸をあとにした。
背後で名前を呼ぶ声がしたが、振り返ることは出来なかった。
いま振り返れば、情けない顔をベアトリスに見せてしまうことになるだろうから。




