《嗜好②》
「それは、つまり、私がどんな女性が好みか、と?」
「はい。ナイジェル卿がどんな女性を好ましく思うのか、知りたいのです」
カッと顔が熱くなるのがわかった。
あのベアトリスに異性の好みを聞かれている。なぜだかわからないが、ベアトリスが自分を気にしていることに一気に高揚した。
「わ、私は、好みとか、そういうものはなく! ありのままの姿が美しいと!」
「化粧せずとも素顔が元々美人がお好みと?」
「違いますね! そうではなく、何と言うか……心が美しければ、きっとその方の行動も、生き方も、すべてが凛と美しく輝くでしょう。それでいて慈愛に満ち、献身的で、芯の強さもあり、心から尊敬できる女神のような……」
難しい。ベアトリスの美しさを言葉にすることが、こんなにも難しいとは。
改めて、自分が言葉では言い表せないほど素晴らしい人に思いを寄せているのだと気づかされた。
「女神のような方がお好みですか。難しいですね……」
概念……と真剣な顔でぶつぶつ呟くベアトリスに、ナイジェルは思わず言ってしまいそうになった。
そのままの貴女が好きです、と。
子どもの頃、教会で何度も祈りを捧げにくるベアトリスを見かけた。
随分熱心な信徒だと思っていたが、どうやら生まれつき体の弱い弟の為に毎日祈りを捧げに来ているらしいと親から聞いた。
その頃から兄との関係が良くなかったナイジェルは、こんなに必死に祈ってくれる姉がいて羨ましいと思っていた。いつしか弟思いの姉、ベアトリスに憧れを抱くようになっていた。
そのベアトリスが十歳でセドリック皇子の婚約者となり、酷く落胆したことを覚えている。憧れはしっかりと恋に変わっていたが、身分の差はどうしようもない。
セドリックの側近護衛騎士となってからは、婚約者として会っているふたりを間近で見なければならず、胸の痛み耐える毎日だった。
ベアトリスの言動が悪女と言われるようなものでも、ナイジェルの心は変わらなかった。彼女が理由もなく人を傷つけたり陥れたりするわけがない。そう信じ続け、それは間違っていなかったことが先日証明された。
「ガル……ベアトリス様は?」
「え?」
何やら考えこみ俯いていたベアトリスが顔を上げる。
視線が合って、ナイジェルは慌てた。この流れでベアトリスの好みを聞くのは、告白するようなものではないか。
「あ、その。セドリック殿下との婚約は解消されたので、きっとこれから貴女には婚約の申し込みが殺到するのではないかと……」
「ああ。そういえば先日、皇太子殿下に正妃にならないかと言われました」
あっさりと肯定するベアトリスに、ナイジェルは一瞬頭が真っ白になった。
第二皇子が去ったと思えば、次は皇太子? まさかの上位互換ではないか。
「皇太子殿下に⁉ その話、受けたのですか⁉」
「ハッ。受けるに決まっているだろう。甘ったれで夢見がちな第二皇子殿下より、人格者である皇太子殿下の妃になるほうが断然いい」
「皇太子殿下が人格者かどうかはさておき、第二皇子殿下が夢見がちな甘ったれであることには同意いたします」
そう真顔でうなずくベアトリスに、パトリックがほら見ろという顔をする。
この内に秘めた思いを兄に悟られたかもしれない。ナイジェルはぐっと拳を握りしめた。
「ですが、私にとって両殿下に然したる違いはございませんので、お断りしました。私は女神に一生を捧げますので」
つまり、結婚はせず清らかなまま教会に属するということか。
ひとまずほっとしながら、ナイジェルは複雑な気持ちでそれを受け止めた。
ベアトリスが誰のものにもならないことに安心しながら、残念にも思っている。想いを告げる勇気もないくせに、そんな自分が情けなかった。
「皇太子殿下と第二皇子殿下に違いはない、ですか。神のしもべは遥か高みにいるかのようだ」
「……兄上。ベアトリス様に失礼では」
「お前こそ、仕える主を間違ってるんじゃないのか? すでに役目を終えられた使徒様に、そこまで肩入れする特別な理由でもあるのか?」
悪意のにじむ笑いを浮かべた兄に、思わずナイジェルは剣の柄に手を伸ばした。
自分が馬鹿にされるのはいい。だが、ベアトリスを貶めるのは許さない。
ナイジェルの怒りに気づいたパトリックの顔色が変わる。
剣を抜きかけたその時、それまで大人しくしていたバイコーンが突然嘶き、太く大きな前脚を高く持ち上げた。
「う、わあああああっ⁉」
危うくバイコーンに踏みつぶされそうになり、パトリックが悲鳴を上げて邸内に逃げていく。
魔物が本性を現したのかと思ったが、バイコーンはパトリックの姿が見えなくなった後、褒めてくれとばかりにベアトリスにすり寄った。
「……ベアトリス様、まさか」
「バイコーンをけしかけたなんて、誤解です」
まだ何も言っていないのだが、ベアトリスは淡々と言い訳を口にする。
「兄君がお暇なようなので、バイコーンと遊んでもらおうと思っただけです」
「バイコーンと遊ぶ……?」
そんな発想が出来るのは、この世でベアトリスくらいなものだろう。
ナイジェルは思わず吹き出して笑っていた。
ベアトリスの気遣いを、嬉しいような、情けないような思いで受け止めながら。




